「また辞められる、と毎朝思っていました」
初回面談で院長が口にした言葉は、そのひと言だった。開業12年目、整形外科・リハビリテーション科。医師2名、スタッフ18名。地方都市の郊外で、決して小さくはない規模のクリニックを運営している。売上が極端に悪いわけではない。でも、毎晩誰かの不満を聞き、仲裁し、翌朝また誰かの顔色を読む。
古参スタッフの発言力が強く、新人や中堅が次々と去っていく。採用してもすぐ辞める。休日も、スマホが気になる。「次は誰だろう」という不安が、頭の片隅に居座ったまま。
あなたのクリニックでも、似たような朝が続いていないだろうか。
この記事では、離職の連鎖が止まり、院長が現場の仲裁から解放されるまでの過程を、介入の手順とともに具体的にお伝えしていきます。
相談に来られた頃(Before)
朝、診療が始まる前から、院長の頭は患者のことではない。
「今日、あの子、来るかな」
先月入った理学療法士が、ここ数日、表情が曇っている。休憩室に入ると、古参スタッフとの会話が途切れる。その沈黙の意味を、院長はもう十分すぎるほど知っている。整形外科・リハビリテーション科、開業12年目。医師2名、スタッフ18名。数字だけ見れば、地方郊外のクリニックとしては悪くない規模だ。しかし実態は、採用と退職がほぼ同じ速度で回り続けていました。
古参スタッフの発言力は、気づけばかなり強くなっていた。悪意があるわけではない。長年クリニックを支えてきた自負がある。ただ、新人が何かを変えようとすると、空気が固まる。「うちはそういうやり方じゃないから」。その一言が、何人かの退職届の遠因になっていることを、院長は薄々感じていた。
夜、診療が終わっても、仕事は終わらない。スタッフから個別にメッセージが来る。「あの人のことで、ちょっと相談があって」「先生、少しいいですか」。どちらの言い分も、それぞれに正しい。院長は仲裁の言葉を探しながら、気づけば22時を過ぎている。
帰宅しても、頭は切り替わらない。
食卓で配偶者と話していても、気づけばスタッフの話になる。「また来週、面接が入った」「今度こそ定着してくれたらいいんだけど」。配偶者は静かにうなずくが、その顔には、何年も同じ話を聞いてきた疲れがある。
休日の朝、スマートフォンを手に取る。通知はない。ほっとする。しかし5分もしないうちに、また考え始める。次に辞めるのは誰か。あの子の態度が最近変わった気がする。先週の古参の一言は、どう受け取られたか。
誰も辞めていない日曜日なのに、気が休まらない。
初回の面談で、院長はこうおっしゃっていました。
「また辞められる、と毎朝思っていました」
声に力はない。疲れではなく、諦めに近い何かが混じっている。12年間、患者のために開けてきたクリニックが、今は人間関係の管理に半分以上の時間を取られている。採用費用も、教育にかけた時間も、定着しないまま消えていく。問題は「また辞めた」という結果ではない。辞めるまでの過程が、毎回同じ構造で繰り返されていること。院長はそれを感じながら、しかしどこから手をつければいいか分からないまま、12年目の春を迎えていた。
なぜ、私たちを選んだのか
それまでにも、相談窓口がなかったわけではない。
開業10年を過ぎたあたりから、院長は労務系のコンサルタントに声をかけ始めていた。スタッフの不満が可視化されてきたのがきっかけだ。最初に依頼した先は、3か月かけて就業規則と評価シートを整えてくれた。書類の完成度は高かった。ただ、渡された提案書を院長が自分でスタッフに説明し、自分で運用を回さなければならない。現場は動かなかった。
次に相談した先も、似たような結果になった。「制度を作ること」と「制度を根づかせること」は、まったく別の仕事だ。その違いを、院長は身をもって知っていた。
「正直、コンサルに頼んでも変わらないんじゃないかと思ってました。提案書だけ出て、あとは自分でやってくれ、みたいな感じで。それが2回続いたので」
初回の面談で、院長はそう話した。声に警戒が混じっている。コンサル不信というより、「また同じことになるのでは」という疲れに近い。
決め手になったのは、面談の中でされた一つの問いだった。「制度を作ることと、現場に実装することを、どちらが課題だと思いますか」。院長は少し間を置いてから答えた。「実装です。作るのは何度もやった」。その答えに対して、月次で進捗を追い、採用面談にも同席し、スタッフとの個別面談の設計まで一緒にやると説明を受けた。
「それを聞いて、ちょっと違うかもしれないと思ったんです」
制度ではなく、実行管理。その一点が、選定の理由だった。
私たちがやったこと(時系列)
1か月目に着手したのは、「現状の棚卸し」だ。
初回の経営会議に院長が持ち込んだのは、手書きのメモ用紙一枚。スタッフの名前と、ざっくりとした担当業務が並んでいる。「これが全部ですか」と確認すると、院長は少し間を置いてから答えた。「たぶん、そう。でも実際に誰が何をやってるかは、聞いてみないとわからないんです」。それが、この組織の現状だった。
まず全スタッフの業務を洗い出し、「誰が何を決めているか」を一覧にする。診療補助、リハビリ補助、受付、会計、物品発注、シフト調整。それぞれに担当者の名前が入るはずの欄が、何か所も空白のまま、あるいは古参スタッフの名前で埋まっている。意思決定の所在が個人に集中していました。
次に、評価基準を確認する。「何をもって昇給を決めているか」という問いに、院長は「正直、長く勤めているかどうか、ですね」と答えた。勤続年数が評価の実質的な軸になっている。これを可視化し、役割定義書の初稿を作成した。「誰が何を決めるか」「何が個人の問題で、何が組織の問題か」を文字にして並べると、院長は「こうして見ると、組織というより、人の集まりですね」とつぶやいた。
2か月目に入り、古参スタッフとの個別面談を設計した。
感情的な対立を避けるため、面談の構成を事前に組む。話す順序は、「現在の役割の確認」「評価の根拠の説明」「今後の期待値の共有」の三段階。感情を刺激する言葉を使わず、役割と評価の構造として話を進める設計。面談には院長も同席しました。
古参スタッフは最初、やや身構えた様子だった。しかし「あなたの仕事を否定しているのではなく、誰が何を担うかを整理したい」という趣旨を繰り返すうちに、少しずつ表情が変わっていく。「私が全部やらないといけないと思ってたんです。誰も動かないから」という言葉が出てきた瞬間、院長は静かに目を閉じます。問題の根は、古参スタッフの「悪意」ではなく、役割の空白だった。
3か月目は、等級と給与の整理に集中。
等級を「役割の大きさ」と「習熟度」の二軸で設計し、各スタッフが現在どの位置にいるかを明示する。昇給の根拠を「院長の判断」から「等級基準への到達」に移す。
そうすると、古参スタッフの処遇は維持しながら、新しいスタッフが正当な評価を受けられる構造ができあがる。評価の根拠が属人的な信頼から仕組みへ移った瞬間、院長は「これなら私が毎回説明しなくてよくなる」と言った。小さな安堵。でも、院長にとっては大きな変化ですね。
4か月目以降は、定着率をKPIとして月次経営会議に組み込みました。
毎月、入職者数・退職者数・在職3か月未満の離脱数を並べて確認する。数字を並べると、「どこで抜けているか」が見える。採用後のオンボーディング手順が整っていなかったことが判明し、入職後2週間の業務習得ステップを文書化。
求人媒体の選定も見直し、「長く働ける環境を求めている人」に届く文面に切り替える。面談設計も変えた。スキルだけでなく、職場環境への期待値を事前に確認する問いを加えている。
「また辞められる、と毎朝思っていました」。初回面談でそう話していた院長が、4か月目の会議でこう言った。「最近、朝がちょっと違う気がします」。と。
その後、何が変わったか(After)
支援を始めて1年が経つ頃、院長の月曜の朝が変わる。以前は出勤するたびに「今日、誰かが辞めると言ってくるかもしれない」という感覚が胸にあっが、それが、今はないとのこと。
数字で見ると、変化は明確だ。支援前の1年間で3名から4名が離職していた。支援開始から12か月で離職は1名にとどまる。新人スタッフの3か月以内の早期離職は、ほぼなくなった。採用費用も、求人媒体への出稿が年間2回から1回に減り、採用コストは以前の半分以下に収まっている。
院長が現場の仲裁に使っていた時間は、週に5時間から8時間ほど。スタッフ同士の不満を聞き、間に入り、翌日の診療中も頭の片隅でそのことを引きずる。その時間が、今は診療と患者対応に戻っている。午後の外来が終わった後、以前なら誰かに呼び止められていた廊下を、院長は普通に歩いて診察室に戻れる。ずいぶん遠くにあったことが、今は当たり前になりました。
古参スタッフとの関係も変わった。感情の問題として抱えていたものが、役割の問題として扱えるようになった。「あの人がああ言った」ではなく、「その業務はどの役割が判断するか」という話に変わる。院長が一人で抱え込む構造が、少しずつ解体されていく。
初回面談で院長が言った言葉を、今も覚えている。「また辞められる、と毎朝思っていました」。その朝の感覚が、今はもうない。
「なんというか、診療だけ考えていい日が来るとは思っていなかったです」
これから検討する方へ
「また辞められる、と毎朝思っていました」。初回面談でそう話してくれた院長は、当時、朝のカルテを開く前に、まずスタッフの顔色を確認していました。
同じような状況に、心当たりはないだろうか。「あの人さえいなければ」「次の採用がうまくいけば」。そう思いながら、もう何年が過ぎているか。
問題は古参スタッフの性格ではなかった。誰が何を決めるか、何をすれば評価されるか、それが組織として定義されていなかっただけだ。構造が曖昧なまま時間が経てば経つほど、現場の空気は固まり、新しい人は定着しなくなる。先送りは解決ではなく、悪化の猶予期間にすぎない。
気づいた時が、始め時です。
私たちの視点
経営の土台が整うと、院長は仲裁者ではなく経営者に戻れる。それだけのことで、現場は変わる。
症状を追いかけても、同じ問題は繰り返す。誰が何を決めるか。何を評価するか。その問いに答えを出すことが、先決だ。
同じ悩みに心当たりのある方は、採用・労務のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。

