売上は伸びているのに、手元にお金が残らない。そんな感覚、ずっと抱えていませんか。
クリニック経営の赤字は、診療件数や単価だけの問題ではないことがほとんどです。人件費の構造、固定費の積み上がり方、意思決定の集中、見えにくい場所に、利益を削り続ける仕組みが潜んでいます。
この記事では、売上があるのに収益が残らないクリニックに共通する経営構造のパターンを、具体的な数字と視点で整理していきます。
📑 目次(クリックで開閉)
第1章 クリニックが赤字になる3つの構造的原因

売上が1億円を超えているのに手元にお金が残らない、そういうクリニックの経営を細かく見ていくと、診療の質や患者数ではなく、費用構造と資金の流れ方に問題が潜んでいることが多いです。人件費・固定費・キャッシュフローという3つの層を順番に確認してみましょう。
1-1 人件費率が適正範囲を超えている
クリニック経営において、人件費は損益を左右する最大の変動要素です。一般的に、診療所の人件費率(人件費÷医業収益)は40〜50%が目安とされています。
制度や統計に関わる情報は、公的機関が公開する最新情報もあわせて確認することが大切です。
出典: 厚生労働省|第23回医療経済実態調査(令和3年実施)
ところが、開業から10年を超えたクリニックでは、この比率が55〜60%に達しているケースが珍しくありません。なぜそうなるか。採用を重ねるたびに基本給が積み上がり、古参スタッフの給与が市場水準を大きく上回っていても「今さら下げられない」と放置されるからです。
具体的に数字で見てみましょう。月の医業収益が800万円のクリニックで、人件費率が50%なら400万円。55%なら440万円。たった5ポイントの差が、年間で60万円の利益消失につながります。スタッフ1人分の採用コストに相当する金額が、毎年静かに消えていく計算です。
- スタッフ数が増えるたびに人件費率を再計算する習慣がない
- 時給・基本給の見直しタイミングが「感情」で決まっている
- パート・常勤の構成比を意識せずに採用している
1-2 固定費が収益モデルに対して重すぎる
家賃・リース料・ローン返済、これらは患者が来ても来なくても毎月出ていく費用です。開業時に組んだ設備投資の返済が10年後も続いている、あるいは増床・改装のタイミングで借入を重ねたクリニックでは、固定費の絶対額が診療収益の伸びを上回ってしまうことがあります。
たとえば、月の家賃が80万円・リース料30万円・借入返済50万円の合計160万円という構造の場合、損益分岐点を超えるために必要な月次収益は相当高くなります。自由診療の比率が低い保険診療中心のクリニックでは、1患者あたりの単価が診療報酬で上限が決まるため、固定費の重さをカバーするには患者数を増やすしか手がありません。
固定費は「削れないコスト」と思われがちですが、リース契約の見直し時期・テナント交渉のタイミングを逃し続けているケースも多いです。年1回、固定費の総額と収益の比率を確認するだけでも、見えてくるものは変わります。
1-3 現金と利益の乖離が見えていない
損益計算書(P/L)では黒字なのに、通帳残高が増えない、この状態は「利益とキャッシュは別物」という構造から起きます。借入返済は費用ではなくキャッシュアウトなので、P/L上の利益が100万円あっても、返済が月80万円あれば手元に残るのは20万円です。
さらに、医療機関は診療報酬の入金が2ヶ月遅れという特性があります。5月に診た患者の収益が入金されるのは7月。この2ヶ月のズレが常態化しているため、売上が増えれば増えるほど一時的にキャッシュが不足する局面が生まれます。
「赤字なのか黒字なのか自分でも判断できない」という院長は、まずP/Lとキャッシュフロー計算書を並べて月次で確認する体制を作ることが先決です。顧問税理士に年1回の決算報告だけを聞いている状態では、経営判断のタイミングが常に後手に回ります。
第2章 赤字クリニックの経営指標を数字で比較する

「売上はあるのに手元に残らない」という感覚は、感覚ではなく数字に出ています。黒字を維持しているクリニックと赤字に陥っているクリニックでは、特定の指標に明確な乖離があります。自院の数字と照らし合わせながら読んでみてください。
2-1 黒字クリニックと赤字クリニックの指標比較表
以下は、内科系クリニック(常勤医師1〜3名規模)を想定した一般的な経営指標の目安です。自院の直近決算と比べてみてください。
| 指標 | 黒字クリニックの目安 | 赤字クリニックの実態 |
|---|---|---|
| 医業利益率 | 10〜15% | 0〜3%(または赤字) |
| 人件費率(医業収益比) | 45〜50%以内 | 55〜65%超 |
| 1日あたり患者単価 | 3,500〜5,000円 | 2,500〜3,200円 |
| 院長報酬の医業収益比 | 15〜20% | 25〜35%(または逆に低すぎる) |
| 減価償却後の手残り | 月100〜200万円以上 | 月30万円未満、または持ち出し |
人件費率が55%を超えている場合、診療報酬の収入構造だけでは構造的に利益が出にくい状態です。この数字は感情論ではなく、算数の問題として扱う必要があります。
※上記数値は一般的な目安です。出典: 厚生労働省|医療経済実態調査(令和5年)をもとに整理
2-2 保険診療だけでは利益率に構造的な天井がある
保険診療の診療報酬点数は、厚生労働省の告示によって上限が決まっています。どれだけ患者数を増やしても、1点単価は10円固定。回転率を上げれば人件費と疲弊が増え、単価は上がらない。この構造そのものが、利益率の天井を作っています。
たとえば、1日60人診て月商800万円のクリニックでも、人件費・家賃・医薬品費・設備償却で700万円を超えれば、院長の手元には100万円以下しか残りません。保険診療の収益構造では、スタッフ1人の採用が利益を直撃します。
出典: 厚生労働省|診療報酬の算定方法(令和6年度改定)
2-3 院長報酬の設定が経営判断を歪めるケース
院長報酬を高く設定しすぎると、法人の手残りが消えます。逆に低く設定しすぎると、「法人は黒字だが院長個人は苦しい」という逆転現象が起きます。どちらも、経営の実態が見えにくくなる。
よくあるのは、開業当初に設定した報酬額をそのまま13年間変えていないケースです。売上が1.5倍になっても、スタッフが10人から20人に増えても、報酬だけが固定されている。その結果、法人の利益率が低下しているのに「自分の給料は変わっていないから問題ない」と判断してしまう。
院長報酬は、医業収益の15〜20%を目安に、毎期見直す仕組みを持つことが現実的です。報酬の設定は、経営構造を映す鏡でもあります。
第3章 赤字脱出に向けた経営改善の優先順位

赤字解消を急ぐあまり、手当たり次第にコストを削ったり、すぐに自由診療を始めようとしたりするケースは少なくありません。ただ、順序を間違えると効果が出ないどころか、現場の疲弊だけが残ります。削減・増収・構造転換の3段階を正しい流れで進めることが、持続的な改善につながります。
3-1 まず手をつけるべきは変動費の精査と無駄な固定費の見直し
増収策より先に、今の支出構造を整理します。理由はシンプルで、漏れたバケツに水を注いでも意味がないからです。
変動費で見直しやすいのは医薬品・医療材料の発注ロットと在庫量です。月次の使用量データを3か月分並べると、過剰発注や期限切れ廃棄が浮かび上がることがあります。材料費率が売上の20%を超えているなら、まずここを疑ってください。
固定費では、リース契約の見直しが即効性を持ちやすい項目です。医療機器リースは5〜7年契約が多く、更新時期を見逃すと割高な条件のまま継続されます。契約台帳を一覧化し、向こう2年以内に満了するものをリストアップするだけで、交渉の余地が見えてきます。
ただし、スタッフの人件費を安易に削るのは禁物です。採用・育成コストを考えると、1人の退職が数百万円規模の損失になることもあります。人件費の問題は「削る」ではなく「配置と役割の最適化」で対処するのが原則です。
3-2 収益構造を変える自由診療・混合診療の検討
保険診療だけに依存した収益構造は、診療報酬改定のたびに経営が揺れます。自由診療の導入は、その揺れを小さくするための手段のひとつです。
内科系クリニックで導入しやすい自由診療の例を挙げると、以下のようなものがあります。
- 健診・人間ドック(企業健診の法人契約を含む)
- 点滴・サプリメント外来(ビタミン点滴、疲労回復など)
- 予防接種(任意接種:帯状疱疹、HPVなど)
- 禁煙外来の自費対応、生活習慣病の栄養指導オプション
重要なのは、既存の患者動線を活かせるメニューから始めることです。まったく新しい患者層を獲得しようとすると、集患コストが先行して赤字が拡大します。すでに来院している患者に対して「ついでに受けられる」サービスを設計するのが、立ち上がりを早くするコツです。
3-3 経営改善を継続させる『管理会計』の導入
削減と増収を実行しても、数字を追う仕組みがなければ改善が続きません。税務申告用の財務会計だけでは、経営判断に必要な情報が見えにくいのが実情です。
管理会計では、診療科別・曜日別・スタッフ別など、より細かい単位で収支を把握します。たとえば「木曜の午後だけ患者数が極端に少ない」「特定の処置の原価率が高い」といった事実が数字で見えると、対策が具体的になります。
導入のステップとしては、まず月次で以下の3指標を管理することから始めると現実的です。
- 患者1人あたりの平均単価(保険・自費別)
- 人件費率(人件費 ÷ 売上)
- 材料費率(材料費 ÷ 売上)
この3つを毎月同じ定義で追うだけで、「どこが改善し、どこが止まっているか」が判断できるようになります。管理会計は複雑なシステムを入れることが目的ではなく、意思決定の速度を上げることが目的です。
第4章 黒字化後に利益を定着させる経営体質の作り方

赤字を一度解消しても、仕組みが変わらなければ2〜3年で同じ状況に戻るクリニックは少なくありません。利益を定着させるには、院長個人の努力ではなく、組織・数字・意思決定の流れそのものを変える必要があります。
4-1 院長が診療に集中できる役割分担の設計
院長がスタッフのシフト調整・備品発注・患者クレーム対応まで抱えているクリニックでは、経営判断の質が下がります。認知資源には上限があり、細かい業務に使えば使うほど、戦略的な思考に回せる余力が減る。これは意志の問題ではなく、構造の問題です。
まず「院長しかできない仕事」と「院長でなくてもできる仕事」を書き出してみてください。一般的に、院長が担うべきは診療・採用判断・大きな設備投資の意思決定の3領域に絞られます。それ以外は、事務長・主任看護師・外部の専門家に移管できます。
- 日次の現金確認 → 事務スタッフへ移管
- シフト作成 → 主任看護師またはシフト管理ツールへ
- 労務・採用手続き → 社労士へ外注
- 月次収支の集計・分析 → 顧問税理士+院長レビューの2段階に
役割を移管する際は「口頭で頼む」ではなく、担当範囲と判断基準を1枚の紙に書いて渡すことが定着のポイントです。
4-2 月次で経営を点検するダッシュボードの作り方
「売上はわかるが、利益がいくら残ったか毎月把握していない」という院長は意外に多いものです。月次の数字を見る習慣がないまま、年に一度の決算で初めて赤字を知る、そのサイクルを断ち切るのがダッシュボードです。
難しいツールは不要です。Excelまたはスプレッドシートで以下の6項目を毎月15日までに更新するだけで、経営の体温計として機能します。
- 月間レセプト件数と前月・前年同月比
- 自由診療売上(保険診療と分けて記録)
- 人件費率(人件費 ÷ 売上)
- 材料費率(材料費 ÷ 売上)
- 営業利益額と利益率
- 現預金残高
人件費率の目安は保険診療中心のクリニックで45〜50%以内、材料費率は10〜15%以内が一般的な水準です(目安)。この6項目が毎月15分で確認できる状態になれば、問題の発生を「決算後」ではなく「翌月」に察知できます。
4-3 5年後の出口を見据えた利益積み上げ戦略
50代の院長にとって、「黒字を出す」ことと「利益を蓄積する」ことは別の話です。承継・売却・廃業のいずれを選ぶにしても、法人内に内部留保があるかどうかは選択肢の幅を大きく変えます。
5年間で内部留保を積み上げるために、具体的な目標値を設定してみてください。たとえば「年間営業利益の50%を法人内に残す」と決め、残りを役員報酬・設備投資・借入返済に振り分けるルールを作る。感覚で資金を動かすのをやめ、配分ルールを先に決めておくことが重要です。
- 年間売上の3〜5%を内部留保の目標に設定する
- 設備投資はリース・割賦を活用し、手元現金を温存する
- 役員報酬は生活水準と法人の資金繰りを両立できる水準に設定し直す
クリニック経営の赤字は、多くの場合「稼げていないこと」より「利益が構造的に残らないこと」が原因です。黒字化は入口に過ぎず、その後の体質づくりこそが経営の本質と言えます。
まとめ
売上があるのに利益が残らないとき、多くの場合、問題は診療の質や患者数ではなく、費用構造そのものにあります。人件費・固定費・材料費の3つの落とし穴は、気づかないうちに積み重なり、気づいたときには「構造的赤字」として定着してしまっていることが少なくありません。
赤字脱出の第一歩は、症状(数字の悪化)ではなく、その背景にある費用の構造を可視化することです。どこに手をつけるかの優先順位を誤ると、削ってはいけないコストを削り、かえって経営体力を失うリスクもあります。改善の順序と、黒字化後に利益を定着させる仕組みづくりはセットで考えることが大切です。
まずは自院の費用構造を数字で整理し、どの項目が利益を圧迫しているかを客観的に把握するところから始めてみてください。必要に応じて、医療法人の財務に詳しい専門家に確認を取ることも、判断の精度を上げる一つの選択肢です。
よくある質問
売上は増えているのに赤字が続くのはなぜですか?
売上増加に比例して人件費や固定費が膨らんでいるケースが多く、収益構造そのものを見直さない限り赤字は解消しません。
クリニックの適正な経常利益率はどのくらいですか?
一般的に医業収益の5〜10%が目安とされますが、診療科目や規模によって異なるため、自院の費用構造と照らし合わせた判断が必要です。
赤字解消のためにまず何から手をつければよいですか?
まず変動費と固定費の現状把握から始め、削減余地を数字で確認したうえで優先順位をつけて着手するのが効果的です。











