「売上は悪くないはずなのに、なぜかお金が残らない」、そう感じている院長は、決して少なくないはずです。医院経営の赤字は、患者数の問題だけとは限りません。固定費の構造やキャッシュの流れに、じわじわと利益を削る要因が潜んでいることがほとんどです。
この記事では、医院経営が赤字に陥りやすい構造的な原因を整理したうえで、固定費の見直しとキャッシュフロー管理という2つの軸から、経営を立て直すための具体的な考え方をお伝えします。
目次(クリックで開閉)
第1章 医院経営が赤字になる3つの構造的原因

売上が横ばいでも、利益がじわじわ削られていく。そういう状態が続いているクリニックには、表面的な問題ではなく、経営の構造に歪みが生じているケースがほとんどです。「もう少し患者数が増えれば」と思いながら数年が経過している院長ほど、この3つの原因を確認してみてください。
1-1 原因①:固定費が診療収益の伸びを上回っている
開業から年数が経つにつれ、家賃・リース料・システム保守費・保険料といった固定費は少しずつ積み上がっていきます。問題は、それぞれの契約が「その時点では妥当」と判断されたまま見直されず、気づけば月次の固定費合計が診療収益の伸びを上回ってしまっていること。
たとえば、電子カルテのリース料が月8万円、医療廃棄物処理委託が月3万円、院内BGMや清掃委託で月5万円、こうした項目を一つひとつ取り上げれば「大した額ではない」と感じるかもしれません。ところが合計すると月16万円、年換算(月額差×12)で192万円になります。診療収益が年間5,000万円規模のクリニックなら、それだけで利益率に約3〜4ポイントの差が出ます。
固定費の怖さは、売上が落ちた月でも同額が出ていくことです。診療日数が少ない月、インフルエンザシーズンが外れた月、そういうタイミングで一気にキャッシュが圧迫されます。まず「固定費の総額を月次で把握しているか」を確認するところから始めてください。
厚生労働省の第24回医療経済実態調査(令和5年11月公表)によると、医療法人が開設する一般診療所では、前年度の医業・介護費用が医業・介護収益の91.7%を占め、損益差額は8.3%にとどまっている。
1-2 原因②:人件費比率が適正水準を超えている
医院経営における人件費比率の目安は、診療収益に対して概ね40〜50%と言われています(目安。クリニックの規模・標榜科・スタッフ構成により異なります)。この水準を常態的に超えているクリニックでは、売上が増えても利益が残りにくい構造になっています。
| 人件費比率 | 人件費(年) | 残余利益(概算) |
|---|---|---|
| 45% | 2,700万円 | 1,500万円 |
| 52% | 3,120万円 | 1,080万円 |
| 58% | 3,480万円 | 720万円 |
人件費比率が高くなる背景には、採用基準が曖昧なまま増員を続けてきた経緯や、長年勤務しているスタッフの給与が市場相場から乖離して上昇し続けているケースが多く見られます。「辞めてもらうわけにもいかない」という判断が積み重なり、気づけば人件費の構造が固定化されてしまっているのです。
人件費比率の見直しは、即座に給与削減を意味しません。業務フローの整理によって1人当たりの生産性を上げる、あるいは採用基準を明確にして次の採用から改善するという方向性が現実的です。
1-3 原因③:保険診療の単価低下を収益構造で補えていない
診療報酬は2年に1度の改定のたびに、実質的な引き下げ圧力がかかり続けています。厚生労働省の診療報酬改定の経緯を見ると、本体部分がわずかにプラス改定された年でも、薬価改定の影響を含めると全体としてはマイナスになるケースが続いています。
出典: 厚生労働省|令和6年度診療報酬改定の概要(2024年)
つまり、同じ患者数・同じ診療内容を続けていても、収益は毎改定ごとに少しずつ目減りしていきます。これを「患者数を増やして補う」という戦略だけで乗り切ろうとすると、院長の労働時間と消耗がリニアに増えていくだけで、経営の体質は変わりません。
保険診療の単価低下に対応するには、次のような構造的な手が必要になります。
- 加算の取得漏れを定期的にチェックし、算定できているか確認する(地域包括診療加算・機能強化加算など)
- 自費診療・自由診療の比率を段階的に高め、保険収益への依存度を下げる
- 診療フローを見直し、1診療あたりの時間コストを適正化する
単価が下がり続ける保険診療だけに収益を依存している状態は、医院経営が赤字に傾くリスクを構造的に内包しています。「いまは黒字だから大丈夫」という判断が、3〜5年後の経営悪化の入口になっているケースは少なくありません。
第2章 赤字医院のキャッシュフロー診断|数字で見る危険水準

「決算書は黒字なのに、月末になると口座残高が心もとない」という感覚、覚えがある院長は少なくないはずです。損益計算書と実際の現金の動きはズレる構造になっており、そのズレを放置すると医院経営の赤字転落よりも先に、資金ショートという形で危機が訪れます。3つの切り口で自院の財務状態を確認してみてください。
2-1 損益とキャッシュの乖離が起きる仕組み
損益計算書が黒字でもキャッシュが足りなくなる理由は、主に2つあります。
ひとつは減価償却費の扱いです。医療機器をリース契約ではなく購入した場合、購入時に現金は出ていきますが、損益計算書上の費用は耐用年数にわたって分割計上されます。逆に言えば、黒字の年でも設備購入直後は手元資金が大きく減っているケースがあります。
もうひとつは借入金の元本返済です。元本返済は損益計算書に費用として載りません。利息部分だけが費用計上され、元本は貸借対照表の負債が減るだけです。たとえば年間利益が200万円でも、借入元本の年間返済額が500万円あれば、キャッシュは300万円減り続けます。
この構造を理解せずに「黒字だから大丈夫」と判断すると、気づいたときには運転資金が底をついている、という事態になりかねません。
2-2 医療法人の財務指標:比較表で見る健全・要注意・危険の水準
以下の比較表は、医療法人の財務状態を判断するための目安です。数値は一般的な参考水準であり、自院の規模・診療科・設備投資時期によって異なります。顧問税理士と照合する際の出発点として使ってください。
| 指標 | 健全 | 要注意 | 危険 |
|---|---|---|---|
| 手元資金(月商比) | 2か月分以上 | 1〜2か月分 | 1か月分未満 |
| 借入返済比率(返済額÷医業収益) | 10%未満 | 10〜20% | 20%超 |
| 医業利益率(医業利益÷医業収益) | 10%以上 | 5〜10% | 5%未満 |
| 人件費率(人件費÷医業収益) | 50%未満 | 50〜60% | 60%超 |
| 設備投資の減価償却残高(純資産比) | 50%未満 | 50〜80% | 80%超 |
「要注意」が2項目以上重なっている場合、損益上の黒字がキャッシュ不足を隠している可能性があります。特に借入返済比率と手元資金の組み合わせは、資金繰りの逼迫度を直接示すシグナルです。
出典: 厚生労働省|第23回医療経済実態調査(令和3年実施)をもとに一般的な参考水準を整理
2-3 院長が今すぐ確認すべき3つの数字
財務諸表を全部読み込む時間がなくても、次の3つを把握するだけで自院のキャッシュ状態はかなり見えてきます。
- ① 普通預金の残高(今日時点)
月商の何か月分に相当するかを計算します。月商=年間医業収益÷12。残高が月商の1か月分を切っているなら、即座に資金繰り表の作成に着手してください。 - ② 年間の借入元本返済額
金融機関への返済予定表(返済明細)から、今期の元本返済合計を確認します。この金額が税引き後利益+減価償却費(いわゆる簡易キャッシュフロー)を上回っていれば、黒字でもキャッシュは減り続けます。計算式:簡易CF=税引後利益+減価償却費。 - ③ 直近3か月の月次収支の傾向
3か月連続で月末残高が前月を下回っているなら、単月の赤字ではなく構造的な流出が起きているサインです。月次差額がマイナス30万円なら年換算で360万円(30万円×12か月)の流出になります。
この3つは顧問税理士に依頼しなくても、通帳と返済明細と直近の試算表があれば院長自身で確認できます。数字を「経営の体温計」として月1回見る習慣をつけるだけで、赤字への転落を早期に察知できる体制が整います。
第3章 赤字体質から脱するための優先順位と実行ステップ
医院経営の赤字を立て直そうとするとき、あれもこれも同時に手を打とうとして、結局どれも中途半端に終わるパターンが多い。固定費の見直し→収益の多様化→人件費の設計、この順番で動くことで、キャッシュを傷めずに利益体質へ転換できる。
3-1 ステップ1:固定費の聖域をなくす見直し手順
固定費の見直しで最初にやるべきことは、「触れてはいけない費目」を自分の中から消すことです。家賃・リース・保険料・システム費用、どれも「今さら変えられない」と思い込んでいるだけで、実際には交渉や切り替えの余地が残っているケースは少なくない。
手順としては次の流れで進めます。
- ①費目の棚卸し:直近12か月の損益計算書を開き、固定費をすべて書き出す。医療機器リース・電子カルテ保守・損害保険・電気代・清掃委託など、「毎月必ず出ていく費用」を一覧化する。
- ②削減可能性の仕分け:「契約期間内で変更不可」「更新タイミングで見直し可」「今すぐ交渉可」の3列に振り分ける。
- ③優先順位付け:月額が大きく、かつ「今すぐ交渉可」に分類されたものから着手する。試算例として、電子カルテ保守費を月3万円削減できれば、年間36万円(月3万円×12か月)の改善になる。
- ④代替案の比較:保険会社・リース会社・システムベンダーに相見積もりを取る。「他社見積もりがある」という事実だけで、現行業者が条件を見直すことは珍しくない。
「聖域」を作らないとは、感情的な慣性に負けないということ。長年付き合いのある業者だから変えにくい、という判断が赤字を温存させている場合がある。
3-2 ステップ2:自由診療・混合収益で単価を底上げする
保険診療だけで収益を増やすには、患者数を増やすか診療単価の上限に近づけるかしかない。どちらも構造的に限界がある。自由診療や混合収益の導入は、その天井を外す手段です。
ただし、いきなり大きな投資をして自由診療を立ち上げるのはリスクが高い。まず既存患者への付加価値提供から始めるのが現実的です。
| 施策 | 月間件数(目安) | 月次追加収益(試算) | 年間換算(×12) |
|---|---|---|---|
| 生活習慣病の栄養指導(自由) | 20件 | 20万円 | 240万円 |
| 予防接種(任意接種) | 30件 | 30万円 | 360万円 |
| 健康診断オプション追加 | 15件 | 15万円 | 180万円 |
いずれも大規模な設備投資を必要とせず、既存の診療導線の中に組み込める。重要なのは「患者に説明する仕組み」を作ることで、院長が毎回個別に案内しなくても回るフローを整備する。
3-3 ステップ3:人件費を『削る』のではなく『設計する』
人件費の削減を「給与を下げる」「人数を減らす」と捉えると、スタッフの離職を招き、採用コストと教育コストが新たに発生して逆効果になる。医院経営の赤字改善において、人件費は「削るもの」ではなく「生産性と照らして設計するもの」です。
具体的には、次の視点で現状を点検します。
- 診療時間帯と配置人数の乖離:午後の閑散時間帯に常勤スタッフが複数いる場合、シフト設計の見直しで実働コストを抑えられる。
- 業務の属人化コスト:特定スタッフにしかできない業務が多いほど、その人の時間単価が実質的に上がる。マニュアル化・標準化で代替可能にすることが、人件費設計の前提になる。
- 残業の構造的原因:残業が恒常化しているなら、業務フローに問題がある。残業代の総額を月次で把握し、「どの業務で何時間発生しているか」を可視化する。試算例として、月20時間の残業が3名分あれば、時給換算2,000円で月12万円(20時間×3名×2,000円)、年間144万円(月12万円×12か月)のコストになる。
人件費の設計とは、スタッフの働き方と診療の生産性を同時に最適化すること。削ることを目的にすると組織が壊れる。設計することを目的にすると、コストも関係性も整っていく。
第4章 医院経営の赤字は『院長一人』では解決しない理由
医院経営の赤字を院長が単独で立て直そうとすると、診療の合間に数字を追いかけ、スタッフへの対応に追われ、気づけば判断が後手に回る。これは能力の問題ではなく、役割の構造上、避けがたい限界がある。なぜ一人では解決しにくいのか、その理由を整理する。
4-1 院長が経営改善に着手できない3つの構造的理由
「時間ができたら経営を見直す」と思い続けて、気づけば1年が過ぎていた、そんな経験はありませんか。これは意志の問題ではなく、院長という役割に埋め込まれた構造の問題です。
- 判断の優先順位が常に「目の前の患者」になる:診療中に経営数値を考えることはできません。空き時間があれば電子カルテの入力、スタッフへの指示、紹介状の作成が割り込みます。経営改善は「緊急ではないが重要なこと」に分類されるため、慢性的に後回しになります。
- 自分の経営判断を客観視できない:院長は医院の内部にいます。固定費の構造や人員配置の歪みは、毎日その中にいると「当たり前の風景」になります。外から見れば明らかな問題が、内側からは見えにくい状態です。
- 改善策を実行する「管理機能」が院長に集中している:スタッフへの指示、業者との交渉、シフト調整、これらを院長が全部担うと、改善策を考える時間より実行の手間が先に増えます。結果として、問題を認識しても動けない状態が続きます。
医院経営の赤字が長引く医院の多くは、赤字の原因よりも先に「院長の時間と判断力が枯渇している」という状態に陥っています。
4-2 顧問税理士・社労士だけでは足りない領域とは
税理士や社労士は医院経営に欠かせない専門家です。ただし、それぞれの役割には明確な範囲があります。赤字の立て直しに必要な「経営構造の改善」は、その範囲の外に位置することが多い。
| 専門家 | 主な対応領域 | 経営改善への関与 |
|---|---|---|
| 顧問税理士 | 税務申告・記帳・節税提案 | 「今の数字を正確に記録する」が主。収益構造の改善提案は契約外のことが多い |
| 顧問社労士 | 給与計算・就業規則・労務相談 | 人件費の適正化には関与するが、診療報酬や患者単価の設計は対象外 |
| 経営支援(外部COO等) | 収益構造・固定費・組織設計・自由診療導入 | 赤字の構造を診断し、改善の優先順位を設計・実行まで伴走する |
税理士が毎月試算表を届けてくれても、「どの固定費を削るか」「どの診療報酬が取りこぼされているか」「自由診療に移行するなら何から始めるか」という問いには、通常の顧問契約では答えが返ってきません。これは税理士の能力の問題ではなく、契約の設計の問題です。
4-3 外部経営支援を活用した医院の変化:具体的な事例の視点
外部の経営支援を入れた医院では、どのような変化が起きるのか。ここでは構造的な変化のパターンを整理します。
- 固定費の見直しが「数字の確認」から「意思決定」に変わる:月次の試算表を眺めるだけでなく、「このリース契約は今期中に見直せるか」「この人員構成は3年後も維持できるか」という問いが立つようになります。院長が判断するための材料が整理されるため、決断が速くなります。
- 院長の時間が診療に戻る:外部支援が入ることで、スタッフへの指示系統や業者対応の一部が整理されます。院長が「経営の実務」から「経営の判断」だけに集中できる状態を作ることが、支援の最初の目標になります。
- 自由診療や加算の取りこぼしが可視化される:保険診療だけで経営している医院では、算定できているはずの加算が取れていないケースが一定数あります。外部の視点で診療報酬の構造を確認すると、月20〜40万円規模の改善余地が見つかることがあります(試算例:月30万円×12ヶ月=年間360万円)。
医院経営の赤字は、院長が「もっと頑張れば解決できる問題」ではありません。構造を変えるには、構造の外から見る目が必要です。一人で抱えている時間が長くなるほど、立て直しに必要なコストも時間も増えていきます。
まとめ
医院経営が赤字・利益薄になるのは、個別の診療行為の問題ではなく、固定費構造・人件費配分・キャッシュフロー管理の3つの構造的なズレが重なっているケースがほとんどです。売上が一定程度あるのに利益が残らない場合、まず確認すべきは「固定費が売上の何%を占めているか」「人件費が適正水準か」「月次の資金繰りが可視化されているか」という3点です。
赤字体質から脱するには、症状対応ではなく、この3つの構造を診断し、優先順位をつけて改善することが欠かせません。保険診療の単価引き下げが続く環境では、既存の診療体系だけでは限界があり、固定費を適正化しながら自由診療や新規事業の検討も視野に入れる必要があります。
現在の経営状況を整理するために、過去12ヶ月の月次決算書と給与体系を手元に用意し、「固定費率は何%か」「人件費は売上の何%か」「月次キャッシュフローに赤字月が何ヶ月あるか」を確認することから始めてください。その結果をもとに、顧問税理士や経営コンサルタントに相談し、改善の優先順位を立てることをお勧めします。
よくある質問
医院経営で赤字が続く場合、まず何から手をつければよいですか?
最初に固定費の総額と人件費比率を確認してください。多くの場合、収益より先に費用構造の歪みを把握することが立て直しの起点になります。
保険診療中心のクリニックが赤字を改善するには自由診療しかないですか?
自由診療は有効な手段の一つですが、まず固定費削減と人件費設計の見直しが先です。収益多様化はその後に検討する順序が安全です。
医療法人の人件費比率の適正水準はどのくらいですか?
一般的に診療所では人件費比率50〜55%が目安とされています。60%を超える場合は構造的な見直しが必要なサインと判断してください。
外部COOサービスの詳細を見る












