売上は変わらないのに、人件費だけが毎年増えていく。そんな状態が続いているクリニックは、少なくない。
整形外科・リハビリテーション科を運営するこの医療法人も、同じ場所で立ち往生していた。療法士が25名近く在籍し、通所リハビリも抱える規模。忙しいのは確かだ。ただ、数字を並べると話が違う。ある月の残業代が膨らんでいる一方で、別の部門では予約の入っていない時間帯に療法士が手持ち無沙汰になっている。その矛盾が、毎月繰り返されていた。
シフトは事務長が組む。経験と記憶を頼りに、ほぼ一人で。「なぜこの配置にしたのか」を説明できる資料は、どこにもない。院長は診療を抜けられず、事務長は今週のシフト調整に追われ、構造を見直す時間は誰にも残っていない。
あなたのクリニックでも、同じことが起きていないだろうか。
この記事では、稼働管理の再設計によって人件費率の改善と賞与原資の確保を実現した整形外科・リハビリクリニックの事例を、介入の手順とともに記録する。
相談に来られた頃(Before)
毎週月曜の朝、事務長の机の上には付箋が貼られたシフト表がある。前の週の修正が走り書きで重なり、余白はほとんどない。誰かが休んだ。予約が増えた。療法士が一人、体調不良で早退した。その都度、頭の中で計算し直す。記録はない。根拠もない。「今週はこれで回る」という確信だけがある。
院長は午前の診察を終えると、昼休みに電子カルテの画面を閉じ、ようやく一息つく。だが、その十数分で事務長から声がかかることが増えていた。「先生、来週のシフトなんですけど、リハビリの○曜日が薄くて」。答えを求めているわけではない。ただ、誰かに聞いてほしいのだ。院長はコーヒーを飲む間もなく、「うん、なんとかして」と返す。それが精一杯だった。
決算書を見ると、売上は3年連続でほぼ横ばい。一方、人件費の数字は毎年少しずつ上がっている。理学療法士と作業療法士の採用を続けてきた結果だが、稼働が上がったという実感がない。むしろ、残業代が増えている。なぜか。どの部門で、どの時間帯に、誰が余っていて誰が足りないのか。そういう資料が、どこにもない。
ある月の末、賞与の原資を試算していた院長は、数字の前で手が止まる。「去年と同じ水準で出すと、資金繰りが厳しい」。かといって、スタッフに説明できる根拠がない。人件費率が高いのは分かっている。でも、どこをどう変えれば下がるのか、誰も答えを持っていない。
リハビリ部門の実態は、さらに見えにくかった。午前の予約が集中する曜日と、午後に空きが出る曜日がある。療法士が残業している日の翌日、別の療法士が手持ち無沙汰になっている。同じ週の中で、残業と空き時間が同時に起きている。それを把握できる数字が、どこにも存在しない。
「なんというか、毎日が綱渡りで。シフトが崩れそうになるたびに事務長が調整してくれるんですけど、それがいつまで続けられるのか」。院長は初回の面談でそう話した。声に力はない。疲れているというより、出口が見えない顔だ。
事務長もまた、限界に近かった。シフト作成の手順は頭の中にしかない。誰かに引き継ごうにも、「どう説明すればいいか分からない」。休みを取れば、翌週のシフトが回らない。有休を消化できないまま、年度末を迎えていた。
構造を見直す時間が、どこにもない。院長は診療で手一杯。事務長は今日のシフトを埋めることで手一杯。問題は全員が感じているのに、誰も触れられないまま、また月曜の朝が来る。
なぜ、私たちを選んだのか
「提案書は、正直もう何冊も積んであります」
初回の面談で、院長はそう言った。声に棘はない。ただ、疲れた顔をしていた。
相談に至る前、院長と事務長はいくつかの選択肢を検討していた。顧問税理士への相談、医療経営系セミナーへの参加、そして知人の紹介で会った経営コンサル会社。どれも「問題の整理」まではしてくれた。だが、その先が続かない。提案書が届き、説明を受け、「あとは実行してください」で終わる。現場は翌日も動いている。誰も稼働データを拾いに来ないし、シフト基準を一緒に作ってくれるわけでもない。
事務長が抱えていた仕事は、属人化の典型だった。どの時間帯に何人の療法士が必要か、頭の中にある。なぜその配置にしたのか、聞かれても言語化できない。「長年の勘です」という答えが、そのまま組織のリスクになっていた。
決め手は何だったか。院長が明確に語ってくれた言葉がある。「月次で現場に入ってくれる、というのが一番でした。数字を整えるだけじゃなくて、シフトの基準を一緒に文書化して、翌月の会議でその数字を見ながら話し合える。そこまでやってくれると聞いて、初めて『動けるかもしれない』と思えた」
労務と収益構造を別々に扱う支援では、この問題には届かない。稼働率が上がれば人件費率は動く。シフトが変われば残業も変わる。それを一体として見て、月次で追いかける体制があるかどうか。院長が求めていたのは、提案ではなく並走だった。
私たちがやったこと(時系列)
最初の作業は、地味だった。
1か月目の前半、まず着手したのは「数字を拾う」ことだ。部門別・時間帯別の稼働記録を診療録システムと手書きのシフト表から突き合わせ、週単位で整理していく。整形外科の外来、リハビリ個別訓練、通所リハビリ、それぞれの時間帯ごとに何人の療法士が動き、実際に何件をこなしているか。これまで誰も一覧で見たことのなかった数字が、スプレッドシートの上に並び始める。
出てきた数字は、予想以上に偏っている。午前10時台と午後2時台は予約がほぼ埋まり、療法士が足りない。一方、午前8時台と午後4時台後半は稼働率が低く、担当者が待機状態になっている。残業と空き時間が同じ日に同じ部門で発生している。院長は資料を見て、しばらく黙る。「こんなに差があるとは、正直思っていなかった」と、静かに口にした。
1か月目の終わりには、部門別・時間帯別の稼働率と人件費率を月次で確認できる簡易レポートの形を整えた。数字を「見える状態にする」だけで、問題の輪郭が変わる。事務長が「なんとなく忙しい」と感じていた時間帯が、実際に稼働率90%を超えていたことも、このとき初めて確認できた。
2か月目は、シフト作成の現状を解体するところから始まった。事務長に、これまでのシフトをどう組んでいたかを聞く。「正直、頭の中でやってました。誰が何曜日に入れるか、全部覚えてて」という答えが返ってくる。長年の経験で回してきた仕組みは、言語化されていない。属人化の典型だ。
そこで、曜日・時間帯ごとの必要人員の目安を数値で定め、シフト作成の手順を文書にまとめる作業を事務長と一緒に進めた。「この曜日の午前は最低3名、うち理学療法士2名以上」といった基準を一つひとつ書き起こし、例外ケースの判断フローも添える。3か月目の半ばには、文書化したシフト基準をもとに、別のスタッフが試験的にシフト案を作成してみる場を設けた。初回は修正が多い。それでも、基準があることで「どこが違うか」を言葉で説明できる。事務長の反応は「これで、私がいなくても話し合えますね」だった。
4か月目から5か月目にかけては、療法士の配置を予約動向に合わせて組み直した。稼働の薄い時間帯に短時間の予約枠を新設し、その枠に合わせて配置を前後にずらす。具体的には、午後4時以降の枠を週3日分追加し、その時間帯に非常勤の療法士1名を充てる形に変更した。同時に、残業が集中していた午後2時台の担当割り振りを見直し、1名あたりの件数上限を設定する。残業の主因が「特定の時間帯への集中」にあったことは、データから明確だ。
6か月目からは、管理者会議を月次で定例化した。院長、事務長、各部門のリーダーが同じ数字を見て翌月の配置を話し合う場を、毎月第2週の木曜午後に固定する。議題は稼働率、人件費率、残業時間の3点。会議の冒頭で前月のレポートを共有し、外れた数字があれば原因を確認してから翌月の配置案を決める。
院長はある月の会議が終わった後、こう話した。「シフトが『特定の人しか組めない仕事』でなくなったことが一番大きい。数字で人の配置を話し合えるようになり、スタッフへの説明にも自信が持てるようになった」。
仕組みが変わると、会話の中身が変わる。それが、この6か月で起きたことだ。
その後、何が変わったか(After)
管理者会議は、毎月第二水曜日の18時から始まる。院長、事務長、各部門のリーダー。全員が同じ資料を手元に持ち、稼働率と人件費率の数字を順番に確認していく。
半年前まで、この時間は存在しなかった。
介入から3か月が経つ頃、部門別・時間帯別の稼働データが初めて一枚の表にまとまった。見た瞬間、院長は思わず声を出す。「午前の後半、こんなに空いてたんですね」。数字で見るまで、誰も全体像を把握できていなかった。
その後、療法士の配置を予約動向に合わせて組み直した。空き時間帯に20分枠を新設し、予約の取りこぼしを減らす。シフト作成には文書化された基準ができ、事務長一人が頭の中で抱えていた判断が、手順として紙に落ちた。翌月からは別のスタッフが基準を見ながら下案を作り、事務長が確認する流れに変わる。
数字の変化は、じわじわと現れた。人件費率は半年で4ポイント近く改善し、残業時間は平均で月あたり3割ほど減る。年間で換算すると、残業代の削減と採用コストの抑制を合わせて、賞与原資として積み立てられる額が見えてきた。今期は、夏の賞与を前年比で増やせる見通しが立っている。
離職の動きも落ち着いた。前年度は年間で3名が退職し、そのたびに採用と教育のコストが発生していた。今年度に入ってからは、定期的な退職は1名にとどまっている。配置の根拠が数字になったことで、「なぜ自分がこのシフトなのか」という不満の出どころが減った。スタッフへの説明が変わったことが、理由の一つだと院長は感じている。
毎月の会議で、院長と事務長は翌月の配置を自分たちで決める。資料を見て、話し合い、判断する。その繰り返しが、今は当たり前の時間だ。
「シフトが『特定の人しか組めない仕事』でなくなったことが一番大きい。数字で人の配置を話し合えるようになり、スタッフへの説明にも自信が持てるようになった」
これから検討する方へ
シフトが「特定の人しか組めない仕事」になっているクリニックは、少なくないのではないだろうか。
院長は「事務長に任せている」と言う。事務長は「自分がいないと回らない」と感じながら、毎月同じ作業を繰り返す。誰もその構造を問題だと声に出さない。問題が表面化するのは、たいてい事務長が体調を崩したとき、あるいは退職を申し出たときだ。
「数字で人の配置を話し合えるようになり、スタッフへの説明にも自信が持てるようになった」と、この院長は振り返る。逆に言えば、それまでは説明できなかった。根拠がなかったから。
稼働データの整備も、配置基準の文書化も、「いつかやろう」と思い続けるほど、着手のコストは上がる。担当者の頭の中にある「暗黙のルール」は、時間が経つほど言語化しにくくなる。先送りは、現状維持ではない。
私たちの視点
シフトは、誰かの頭の中に収まっていた。それが組織の限界でもあった。
稼働データを数字に変え、配置の基準を紙に残す。やることは、地味だ。派手さはない。ただ、それができた組織は、人が替わっても判断を失わない。
経営の土台とは、そういうものだと考えている。
同じ悩みに心当たりのある方は、外部COOのご相談から。まず現状を整理するところから始めます。









