花粉症シーズンが終わると、院長の頭の中に決まって同じ計算が浮かぶ。夏の賞与まで、あと何か月。手元に残るのは、いくらか。
耳鼻咽喉科の繁忙期と閑散期の落差は、他科と比べてもひときわ大きい。2月から4月にかけて来院数が膨らむ一方、夏場はその半分以下になることも珍しくない。問題は、繁忙期の感覚のまま人員を組み、固定費を積んでしまうことだ。閑散期に入ると、人件費率だけが静かに上がっていく。
「忙しいのに、なんでお金が残らないんだろう」。そう感じながら、毎年春先を借入か院長個人の資金でしのいできた、という院長は少なくない。あなたのクリニックでも、似たことが起きていないだろうか。
この記事では、地方都市で耳鼻咽喉科クリニックを営む院長が、季節変動に振り回される資金繰りの構造をどう整理したか、その経緯を具体的に紹介する。
相談に来られた頃(Before)
4月の第二週。診察室の椅子に深く腰を落とし、院長は電卓を手にする。花粉症シーズンが終わった。来院数が急に落ちた。当然、売上も落ちる。それはわかっている。わかっているはずなのに、数字を見るたびに胃が重くなる。
この耳鼻咽喉科クリニックは、2月から4月にかけて来院数が一気に膨らむ。花粉症の患者が押し寄せ、受付は常に混雑し、スタッフは昼休みを削って動く。繁忙期の月商は夏場の2倍を超えることもある。院長はその忙しさに追われながら、「今年も乗り越えた」という感覚で春を終える。
だが5月に入ると、待合室は静かになる。
問題は、固定費がそのままだということだ。繁忙期に合わせて組んだシフト、確保した人員、そのまま夏に持ち越す。来院数が半分になっても、人件費はほとんど変わらない。人件費率は春の倍近くに跳ね上がる。それでも院長は「夏が過ぎれば秋になる、秋になれば年末が来る」と自分に言い聞かせ、資金繰りを手元の感覚で乗り切ろうとする。
「なんというか、毎年春先になると胃が痛くて。忙しいのにお金が残らないって、こういうことなのかなって思いながら」
初回の面談でそう話した院長の声は、疲れていた。怒りではなく、疲弊。何年も同じサイクルを繰り返してきた人間の、静かな消耗。
月次の数字が手元に揃うのは、締め月から2か月から3か月後だった。税理士から届く試算表を見て「ああ、あの月はこういう状態だったのか」と気づく。だが気づいた時点で、その月はとっくに過ぎている。手を打てるタイミングは、いつも後ろにある。問題が見えた時には、すでに問題の中にいる。
6月、賞与の支払いが近づく。原資はあるか。院長は通帳の残高を確認し、足りなければ個人の口座から法人に資金を入れる。あるいは短期の借入で場をつなぐ。「今年もこれか」という感覚は、もう驚きではない。ルーティンになっている。それが、いちばん怖いことだった。
スタッフは何も知らない。賞与は例年通り出る。院長が毎年どうやって原資を作っているか、誰も聞かない。院長も言わない。診察室の外に出れば、いつも通りの院長でいる。
夜、自宅に帰っても気持ちは切り替わらない。配偶者に「また今年も夏が不安だ」と言いかけて、止める。心配をかけたくない、という気持ちもある。だが本当のところは、話したところで何も変わらないとわかっているからだ。数字の構造が変わらない限り、来年の春も同じことが起きる。
誰かに相談したい。でも、誰に相談すればいいのか。
なぜ、私たちを選んだのか
院長が最初に問い合わせたのは、花粉症シーズンが終わった5月の連休明けだった。売上が急落し、夏の賞与をどう手当てするか、まだ何も決まっていない。「毎年この時期になると、胃が痛くなるんです」と、院長は率直に話した。
それまでに選択肢がなかったわけではない。顧問税理士には毎月の試算表を届けてもらっていた。ただ、数字が出てくるのは2か月から3か月後で、「先月の話」を眺めながら「今月どうするか」を決める状態が続いていた。一般的な経営コンサルへの相談も頭をよぎったが、提案書を受け取って終わりになる絵が容易に浮かんだ。「提案書、もらったことはあるんですよ。でも結局、実行するのは自分で、何も変わらなかった」と院長は振り返る。
決め手になったのは、関与スタイルの説明だった。月次で数字を一緒に見ながら、翌月の打ち手を決める。実行まで並走する。その言葉を聞いた時、院長は「それが欲しかったものだ」と感じた。
もう一つ、腑に落ちた説明がある。「売上を増やす前に、変動に耐える構造を先に作る」という順序だ。耳鼻科の繁閑差は、院長自身が一番よく知っている。花粉症シーズンの来院数と夏場の来院数では、2倍以上の開きがある。その現実を前提にした話し方を、初回の面談ではっきり示されたことが、信頼の起点になった。「売上を増やしましょう、という話から入らなかったのが良かった。うちの問題は、稼ぐことより構造の話だと分かっていたので」と院長は言う。
医療機関特有の季節変動を踏まえた資金繰り設計の経験があること、月次で実行まで伴走すること。その二点が重なった時、院長は「ここに頼もう」と決めた。
私たちがやったこと(時系列)
最初に手をつけたのは、数字を並べることだった。
1か月目。直近3年分の月別売上・人件費・経費データを手元に引き出し、月ごとの変動をグラフに落とす。並べてみると、パターンは一目瞭然だ。2月から4月にかけて売上が急伸し、5月以降は急速に落ちる。夏場の来院数は繁忙期の半分以下になる月もある。グラフを見た院長は、しばらく黙っていた。「わかってはいたんですけど、こうして見ると、改めてきついですね」。感覚として知っていたことが、数字の形になって目の前に現れた瞬間だ。この段階で、年間を繁忙期・平常期・閑散期の3区分に定義し、それぞれの月の収支の特徴を整理した。
2か月目は、費用の構造を解体する作業に入った。
クリニックの支出を一項目ずつ洗い出し、固定費と変動費に仕分けしていく。家賃・院長の役員報酬・常勤スタッフの人件費は固定費。非常勤スタッフのシフト費用・消耗品・一部の外注費は変動費として扱える余地がある。問題は、非常勤スタッフのシフトが繁忙期の体制のまま固定化されていた点だ。閑散期に入っても来院数に関係なくシフトが組まれ、人件費率だけが跳ね上がる構造になっていた。ここを変えるため、非常勤シフトを来院数の実績に連動して月ごとに見直せる運用設計を作成した。あわせて、閑散期に削減できる販管費の見直し項目を一覧化し、消耗品の発注タイミングや外注費の契約条件を確認する。「シフトを変えるのはスタッフへの説明が要りますが、仕組みとして決まっていれば動きやすい」と院長は言う。感情論ではなく、ルールとして整理することへの安心感。それが院長の表情に出ていた。
3か月目。年間12か月の資金繰り予定表を作成した。
月別の収入見込みと支出予定を並べ、資金残高がどの時期にどこまで下がるかを先読みする。夏の賞与、年末年始の運転資金、秋口の設備メンテナンス費用。これまで「その時期が来てから考えていた」支出を、年度の初めから手当て時期を決めてスケジュールに落とした。「毎年、春先に胃が痛くなるのはここが見えていなかったからか、と思いました」。院長はそう話しながら、予定表のコピーを手帳に挟む。数字が出た後に不安になるのではなく、数字が出る前に備えが終わっている状態。その違いは、体感として大きい。
4か月目以降は、月次経営ミーティングを定例化した。月1回・約60分。月次の締め作業を翌月10日前後に前倒しする運用ルールを設け、院長が当月の数字を手元に持った状態でミーティングに臨む体制を整えた。それまで数字が固まるのは2か月から3か月後だ。翌月10日に数字が揃えば、翌月の打ち手をその月のうちに決められる。判断のサイクルが、ようやく現実の時間軸に追いついた形だ。
「数字の話を気軽に相談できる相手がいることが一番大きいです」と院長は言う。仕組みが整ったことと、相談できる場が月に一度あること。その両方が、毎年春先に繰り返されていた資金繰りの不安を、少しずつ違う形に変えていった。
その後、何が変わったか(After)
4月の第2週、院長は月次ミーティングの資料を開く。画面には3月の実績と、4月から7月までの資金繰り予定が並んでいる。以前なら「数字が固まるのは6月頃」だった。今は翌月初旬には前月の数字が出ている。
変化は、数字の速さだけではない。
繁忙期が終わった直後から、非常勤スタッフのシフトを段階的に絞る仕組みが動き始める。閑散期の来院数に合わせて週単位で調整できるため、人件費が固定費として丸ごと残ることがなくなった。繁忙期と閑散期で人件費率の振れ幅が以前は10ポイント近くあったのが、今は5ポイント前後に収まっている。劇的な改善ではない。ただ、毎年夏に「今月はどう乗り切るか」と考えていた感覚が、ほぼなくなった。
賞与の準備も変わった。以前は6月になってから「今年はどうするか」と考え始めていた。今は年間の資金繰り予定表に夏の賞与分があらかじめ組み込まれており、3月の段階で積み立てのペースを確認できる。急いで借入を検討する必要がない。それだけで、春先の院長の頭の中はずいぶん静かだ。
月次ミーティングでは、当月の実績をもとに翌月の打ち手を決める。「来月の非常勤シフトをどう組むか」「販管費のどこを絞るか」。数字が出るのが遅ければ、この会話は意味をなさない。締めが早まったことで、ようやく数字が経営判断に使えるようになった。
「毎年春先になると資金繰りのことで胃が痛かったのが、先の見通しが数字で見えるだけでこんなに気持ちが違うのかと驚いています。数字の話を気軽に相談できる相手がいることが一番大きいです」
これから検討する方へ
毎年、同じ春を繰り返していないだろうか。
花粉症シーズンが終わり、来院数が落ち始める。「今年こそ夏の賞与を計画的に準備しよう」と思いながら、結局は例年どおり、院長個人の資金か借入でしのぐ。そして翌年の春、また同じ不安が戻ってくる。
この院長が最初に口にしたのは、「売上が足りない」ではなく「なんで忙しいのにお金が残らないのか、ずっと分からなかった」という言葉だった。原因は売上ではなく、費用の構造にあった。繁忙期の感覚で固定費を組んでいる限り、閑散期のたびに同じ場所で詰まる。
先送りが危ういのは、問題が大きくなるからではない。対処のタイミングを毎年一つずつ失っていくからだ。
私たちの視点
経営の問題は、たいてい「売上が足りない」より先に「構造が変動に耐えられていない」という形で現れる。耳鼻科の院長が毎年春に感じていた胃の痛みは、繁忙期の感覚で固定費を組み続けた構造から来ていた。症状ではなく、土台を見る。それだけで、見通しは変わる。
同じ悩みに心当たりのある方は、経営構造診断のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。









