親族内承継後の世代交代を、対立ではなく仕組みで乗り越えた呼吸器内科クリニックの記録

親族内承継後の世代交代を、対立ではなく仕組みで乗り越えた呼吸器内科クリニックの記録

親族内の承継を終えて、院長として立った。書類上の肩書きは変わった。でも、現場は変わっていない。そんな状況に、心当たりはないだろうか。

新しい取り組みを打ち出すたびに、古参幹部の表情が曇る。指示は出した。でも、気づけば現場には届いていない。退職をほのめかすスタッフが現れ、先代のもとへ直接相談に行く「院長飛ばし」が日常になっている。月次の収支を確認しようとしても、数字は先代と顧問税理士のあいだにある。院長が見られるのは、断片的な報告だけ。

誰が何を決めるのか。どこにも書いていない。

この記事は、その状況を「対立の問題」としてではなく、「役割と権限の構造問題」として扱い、仕組みで乗り越えた呼吸器内科クリニックの記録だ。地方都市で承継から約1年後に相談に来た二代目院長が、どのような経緯をたどったか、順を追って描いていく。

相談に来られた頃(Before)

診療が終わる。スタッフが帰る。院長室の電気だけが残る。

地方都市の呼吸器内科クリニック。先代から理事長職を引き継いで、ちょうど一年が経とうとしていた。承継前は「準備はできている」と自分に言い聞かせていた。でも実際に椅子に座ってみると、何かが違う。指示が動かない。数字が見えない。相談できる相手がいない。

新しい取り組みを提案するたびに、古参の幹部スタッフが眉をひそめる。「先生、それは以前もやろうとして、うまくいかなかったんですよ」。言葉は丁寧だ。でも、その目は「あなたには無理です」と言っている。会議の場では反論されないのに、現場では動かない。気がつけば、院長の指示は空中に浮いたまま消えていく。

もっと堪えたのは、「院長飛ばし」だった。

受付スタッフが困ったことがあると、院長室ではなく先代に電話をかける。先代は現役を退いたはずなのに、スタッフの相談に答え、判断を下す。院長がそれを知るのは、事後報告か、偶然の会話の端からだ。「いや、先代に確認したので大丈夫です」と言われると、返す言葉が出てこない。

経営の数字も、手元にない。月次の収支がどうなっているか、自分では確認できない状態が続いていた。顧問税理士は先代と長年の付き合いで、報告書は先代宛てに届く。院長が「数字を見せてほしい」と言えば見せてもらえるかもしれない。でも、そのひと言を言い出せる雰囲気が、もうなかった。

誰が何を決めていいのか、どこにも書いていない。

設備の更新は誰が承認するのか。採用の最終判断は誰が下すのか。先代時代の慣行がそのまま残っていて、院長の決裁が必要なのか不要なのかすら曖昧だった。職員の一部は「辞めることも考えています」と漏らし始めていた。連鎖退職の予感が、じわじわと院長の背後に迫っている。

夜、院長室で一人、スマートフォンを開く。「医療法人 世代交代 うまくいかない」「二代目院長 古参スタッフ 対立」。検索結果を眺めながら、自分が何を探しているのかも、はっきりとはわからない。

「対立を解決したいわけじゃない。ただ、ちゃんと院長として機能したいだけなんです」

最初の面談でそう話したとき、院長の声に力はなかった。疲れというより、諦めに近い静けさ。承継から一年、ずっと一人で抱えてきた重さが、そこにあった。

なぜ、私たちを選んだのか

「提案書は、いくつかいただきました」と院長は言う。「でも、どれも読んで終わりで。実際に動いてくれる人が、いなかった」

承継から1年、院長はすでに複数の選択肢を検討していた。一般的な経営コンサルに相談したこともある。提案の内容は悪くない。組織図の整理、会議体の見直し、評価制度の導入。書かれていることは正しい。ただ、「あとはご自身で」という着地が毎回繰り返された。実行は院長ひとりに戻ってくる。現場は動かない。

税理士に相談するという手もあった。ただ、先代と長年つきあってきた税理士は、どこか先代の側にいる。数字の話はできても、組織の話は難しい。顧問社労士も同様で、労務の個別相談には乗ってくれるが、「なぜ古参幹部が院長の指示を通さないのか」という構造の問いには答えが返ってこない。

決め手になったのは、「人の対立ではなく、役割と権限の問題として扱う」という考え方だった。院長が最初に感じていた違和感は、まさにそこにある。古参幹部と対立したいわけではない。先代を悪者にしたいわけでもない。ただ、誰が何を決めるのかが、どこにも書かれていない。だから混乱が起きている。

「先代のやり方を否定せずに変えていく、という道筋を一緒に描いてもらえた」と院長は振り返る。「仲裁ではなく、仕組みで解決する、という話が、自分の中でいちばん腑に落ちた」

医療機関の承継後の組織づくりに特化していること、先代や古参職員への配慮を含めた進め方を任せられると感じたこと。それが、契約を決めた理由だった。提案書を持ち帰るのではなく、月次で現場に入り、実行まで管理する体制があること。院長が求めていたのは、助言ではなく伴走だった。

私たちがやったこと(時系列)

1か月目に着手したのは、「数字が今、誰のところにあるか」を地図として描くことだった。

院長が経営会議に呼ばれることはなく、月次の収支は先代と顧問税理士が二人で確認して終わる。古参幹部は現場の採用・シフト・備品発注を独自の判断で動かし、院長への報告は事後が多い。現場スタッフが困ったときに連絡するのは院長ではなく先代だ。こうした意思決定の実際の流れを、図として紙に落とした。誰が何を決めているか。誰が何を知っているか。それを可視化すると、院長が「経営の外側」に置かれている構造が、議論の余地なく見えてくる。

院長はその図を前にして、しばらく黙る。「こうして並べると、自分が何も持っていないのがよくわかりますね」。静かな声だ。感情的ではなく、ただ事実を確認するような口調で。

2か月目から3か月目にかけては、役割定義書と決裁権限マトリクスの作成に入った。論点は一つ。「誰が、何を、どこまで決めてよいか」を文書で明確にすること。先代の役割は「相談役」として位置づけ直した。現場への直接指示ではなく、院長が求めたときに意見を述べる立場として、関与の範囲を書面で定める。先代を排除するのではない。関与の形を変える。この区別が重要だった。

古参幹部については、新体制の「運用役」という具体的な役割を与えた。現場のルールを守らせる側、ではなく、新しいルールを現場に定着させる側に回ってもらう。役割定義書には、その幹部が担う業務範囲と報告先、決裁できる上限金額が明記される。「なんとなく任せる」から「ここまでは任せる」への転換。曖昧さをなくすだけで、古参幹部の動きは変わる。

3か月目の後半、会議体と報告ルールの再設計に移った。設けたのは二つ。週次の現場ミーティングと、月次の経営会議だ。週次では現場スタッフが直接院長に状況を報告し、判断が必要な事項はその場で決める。月次では収支・人員・設備の状況を院長・古参幹部・先代の三者が同じ資料で確認する。「院長飛ばし」で先代に流れていた相談を、会議の議題として吸い上げる動線に置き換えた。先代への直接連絡が来た場合は、「次の会議で話しましょう」と返す運用を先代自身にも了承してもらった。

4か月目、最初の月次経営会議が開かれた。院長が収支の報告を自分の口で行う。古参幹部が現場の状況を補足する。先代は相談役として最後に一言だけ意見を述べる。そういう順番で会議が進む。終了後、古参幹部が院長に声をかけた。「思ったより、ちゃんと回りますね」。褒めているのか、驚いているのか、判然としない言葉だ。ただ、敵意ではない。

5か月目以降は月次定例で運用に並走した。議事録は毎回、院長・古参幹部・先代の三者に共有する。情報を誰かだけが持つ状態を、仕組みとして作らない。院長が手元で収支を確認できる報告フォーマットも、この時期に定着した。月が変わるたびに、院長自身が数字を読み、前月との差を言葉にする。それが積み重なると、「先月より外来単価が下がっている」「備品コストが想定を超えている」という気づきが院長から出るようになる。

数字を持つことは、判断を持つことだ。

その後、何が変わったか(After)

半年が過ぎた頃、月次の定例会議に変化が出始める。

以前なら廊下や休憩室で先代に持ち込まれていた相談が、会議の議題として上がるようになった。「〇〇の件、どうしましょうか」と古参幹部が院長に向けて発言する。その場で院長が判断し、議事録に残る。翌月には進捗が確認される。たったそれだけのことが、半年前にはできていなかった。

数字の面でも、変化は具体的だ。月次の損益を院長が自分で読めるようになるまでに、実質3か月ほどかかった。最初の頃は税理士からの資料を眺めるだけで終わっていたが、今は科目ごとの増減に自分なりの仮説を持って会議に臨む。長らく先送りにしていた呼吸機能検査装置の更新についても、導入コストと償却年数を並べて検討できるようになり、1年目の終わりには発注の判断を出した。

人の面では、懸念していた連鎖退職は起きなかった。承継直後の1年間で離職したのは2名で、いずれも元々の意向があったケースだ。採用コストは1名あたり数十万円規模で収まり、補充も3か月以内に完了している。古参幹部は「反対する側」から「新体制の運用を支える側」へ、少しずつ立ち位置を変えている。明示的に役割を与えたことで、動きやすくなった面もある。

先代の関与も整理された。現場スタッフが直接相談を持ち込む頻度は明らかに減り、先代自身も「相談役」として月に一度の会議に出席するかたちに落ち着いている。対立を演じることなく、世代交代が実態として機能し始めた。

院長はある日の会議後、こう話した。

「先代のやり方を否定せずに変えていく、という道筋を一緒に描いてもらえたのが大きかった。対立の仲裁ではなく、仕組みで解決してもらえた」

これから検討する方へ

同じ悩みを抱えながら、「もう少し様子を見よう」と先送りしている院長に、一つだけ聞いてみたいことがある。

「様子を見る」間に、現場は何を見ているか。

古参幹部は院長の迷いを読む。職員は「この体制、本当に変わるのか」を測り続ける。先送りが長くなるほど、新体制への信頼は静かに目減りしていく。院長がその場を動かそうとした時、すでに動かせる人が減っていた、という状況は珍しくない。

この院長が後から振り返って言っていたのは、「もっと早く手を打てばよかった、ではなく、一人で抱えていた時間が長すぎた」という言葉だった。対立を避けようとするほど、孤立が深まる。それが承継後の構造的な落とし穴ではないだろうか。

仕組みで解決できる問題を、人間関係の問題として抱え込んでいないか。一度、そこから問い直してみる価値はある。

私たちの視点

世代交代は、人を変えることではない。役割と権限の構造を変えること。その一点に絞って動いた半年が、院長に経営の主導権を取り戻させた。

対立を仲裁しても、翌月にはまた同じ摩擦が起きる。仕組みで解決するとは、そういうことだ。

同じ悩みに心当たりのある方は、承継・M&Aのご相談から。まず現状を整理するところから始めます。

この記事を書いた人

ミレニアム株式会社 経営支援チーム

医療法人・クリニックを中心に、経営改善、組織設計、人材定着、財務改善、マーケティング支援を行う専門チームです。

院長・理事長への業務集中、スタッフ退職、採用難、評価制度の未整備、事業承継、集患・広報など、医療機関に特有の経営課題に対し、現場の実態と経営構造の両面から課題を整理し、改善策を提案しています。

本メディアの記事は、医療法人経営やクリニック運営に関する実務知見をもとに、経営者が意思決定しやすい情報提供を目的として監修しています。