自費率が、数年間ほとんど動いていない。患者数は大きく減っていないのに、手元資金は増えない。そんな状態に、心当たりはないだろうか。
開業12年目の歯科医院の院長は、ある月の診療を終えた夜、ふと気づいた。インプラントも矯正も、それなりに手がけている。なのに、なぜ数字が変わらないのか。感覚では「忙しい」のに、残るものが見えない。
原因は、診療の外にあった。どの処置がいくら残っているのか、誰も把握していない。技工料や材料費は総額でしか見ておらず、カウンセリングは担当者ごとにバラバラ。値引きの判断は、その日の院長次第。試算表は2か月以上遅れて届く。
「症例を増やす」以外の打ち手が、見当たらない。
この記事では、その状態からどう抜け出したか、数字と手順を整えた1年間の経緯を具体的に記す。
相談に来られた頃(Before)
試算表が届いたのは、翌々月の末だった。
封を開けて数字を眺める。売上の総額は確認できる。経費の総額も分かる。でも、院長が本当に知りたいことは、そこには書いていない。「インプラントを1本入れたとき、実際にいくら残るのか」。12年やってきて、その数字を一度も正確に出したことがなかった。
感覚では、悪くないはずだ。患者は来ている。ユニット5台、常勤2名体制で、予約は埋まっている日も多い。なのに、月末に口座を確認するたびに、手元の数字が思ったより増えていない。「忙しいのに、なぜ残らないのか」。その問いが、ここ1年ほど頭から離れない。
ある夜、診療後に一人でレセコンの画面を開く。保険の点数は細かく出てくる。でも自費の内訳は、月ごとの合計しか出てこない。インプラントが何本で、矯正が何件で、自費補綴がいくらで。そういう切り口で集計したことが、そもそもない。技工料の請求書は歯科技工所から届くが、どのメニューにどれだけかかっているかは、総額でしか把握していない。材料費も同じだ。
スタッフへの値引き対応も、気になり始めていた。
患者から「少し安くなりませんか」と言われると、その場で院長が判断する。基準はない。気分と状況で決める。スタッフは横で見ているが、何も言えない。後日、別のスタッフが同じ状況になったとき、どう動けばいいか分からないまま、また院長を呼びに来る。
カウンセリングの内容も、担当者によって微妙に違う。同じインプラントの説明なのに、提示する金額の伝え方が人によって異なる。「いや、正直、私も何が正しいのか分からなくなってきていて」と、衛生士の一人が院長に打ち明けたのは、半年ほど前のことだ。
症例を増やすべきか。広告を出すべきか。歯科専門のコンサルタントから、そういう提案は何度か受けていた。ただ、どれも自院の数字を見た上での話ではなかった。「先生の地域なら、もっと集患できますよ」。そう言われるたびに、何か違うと感じていた。
今やっている処置が、1時間あたりいくら残るのか。それが分からないまま、症例を増やしても意味があるのか。院長の中に、その疑問だけが静かに積み上がっていく。
休日の昼、子どもが部屋でゲームをしている横で、院長はノートに数字を書き出してみる。売上、技工料の概算、材料費の概算、人件費。計算してみると、どこかがずれている気がするが、どこがずれているのか特定できない。数字の扱い方が、そもそも分からない。
「なんというか、毎月回っているんですけど、回っているだけで、何も変わっていない感じがして」。そう言いながら、院長はノートを閉じた。
なぜ、私たちを選んだのか
「症例を増やす」「広告をもっと打つ」。歯科専門を名乗るコンサルタントから受けた提案は、どれもその2つに収斂していた。院長は何度も話を聞く。資料も読んだ。それでも首を縦に振れなかった。
なぜか。提案の中に、自院の数字が一つも出てこなかったからだ。
インプラントの原価がいくらで、1時間チェアを使うといくら残るのか。そこを誰も確認しないまま「月に症例を3件増やしましょう」と言われても、増やした先に何があるのかが見えない。院長の中にあった違和感は、そこだった。
初回の面談で、まず数字を見せてほしいという話になった。提案書より先に。「今の診療内容ごとの売上と、技工料・材料費の内訳を持ってきてもらえますか」。それだけを最初に言われた。院長は少し驚く。そして、ようやく話ができると思った。
もう一つ、決め手になった点がある。助言で終わるかどうか、だ。
過去に関わったコンサルタントは、方向性を示した後は院長に任せた。「あとは実行してください」という形。院長は一人で動こうとしたが、日常の診療がある中でなかなか手が回らず、結局は元に戻る。その繰り返しを、何度か経験していた。
外部COOとして院内に入り、月次の運用が定着するまで並走する、という体制は、院長にとって初めて聞く形だった。「いや、正直、助言だけなら今まで何度も受けてきたんですよ。決まったことが院内で回るところまで一緒にやってもらえるというのが、違いました」。
医療広告ガイドラインへの理解も、小さくない安心材料だった。自費診療を整えていく過程で、院内掲示や説明資料の表現が問題になることがある。規制の線引きを知らないコンサルタントと組むと、後から修正を迫られる場面が出てくる。その点を最初から一緒に考えられる体制かどうか。院長は、そこも確認した。
数字を見てから話す。決めたことを動くまで一緒にやる。それだけのことが、なかなかなかった。
私たちがやったこと(時系列)
1か月目に着手したのは、数字を「見える状態」にすることだった。
それまで院長が手元で確認できる数字は、税理士から2〜3か月遅れで届く試算表だけ。どの診療が採算に合っているか、感覚で判断するしかない。まず月次で、診療内容別・自費/保険別の売上と、技工料・材料費を含む直接原価を集計できる仕組みを整えることから始める。レセコンのデータと技工所への発注記録を突き合わせ、メニューごとに原価を紐づける。作業は地味だが、これをやらないと何も始まらない。
集計が出た日、院長は画面を見ながら少し黙った。「なんというか、数字を見るのが怖かったのかもしれないですね。なんとなく分かっていたけど、確認したくなかった、みたいな」。正確な感情は分からないが、その沈黙には意味がある。
2か月目から3か月目にかけては、自費メニューごとの原価とチェアタイムを掛け合わせ、1時間あたりの採算を算定した。インプラント、矯正、自費補綴の3カテゴリを中心に数字を並べると、問題の構造が見えてくる。チェアタイムが長いのに単価が低いメニュー、技工料が上がっているのに料金が数年据え置きのメニュー。「症例を増やす」以前に、増やしてはいけない処置があった。
採算が実態に見合っていないメニューを特定したうえで、料金体系を再設計する。値上げの根拠は感覚ではなく、原価とチェアタイムの計算から導く。院長が「これで行きましょう」と言えたのは、数字に裏付けがあったからだ。
4か月目から5か月目は、カウンセリングの手順を整えた。それまでは担当者ごとに説明の流れが異なり、同じ処置でも提示金額が違うことがある。誰が担当しても同じ内容・同じ金額を提示できるよう、説明資料と標準手順を文書化する。値引きの判断基準も明文化し、「この範囲なら担当者が対応できる」「これ以上は院長判断」と線引きした。院長がその都度判断する場面が、目に見えて減る。「正直、値引き交渉が来るたびに消耗してたんです。基準ができてからは、スタッフが先に返答できるようになって、私に回ってくる件数が減りました」。
6か月目から8か月目は、歯科衛生士のメインテナンス枠の配分を見直した。予約枠は長年の慣習で組まれており、採算の視点では設計されていない。1時間あたりの採算データをもとに、どの枠を増やし、どの枠を圧縮するかを判断する。感情ではなく、数字が根拠になる。衛生士側への説明も、「院長がそう言っているから」ではなく、数字を見せながら行った。
9か月目以降は、月次経営会議を定例化した。翌月上旬に前月の集計が出る。院長とスタッフが同じ数字を見ながら、翌月に何を動かすかを決める。会議は長くない。30分から40分で終わることが多い。ただ、「感覚で話す会議」と「数字で話す会議」は、質がまったく違う。
院長はある月の会議後、こう言った。「症例を増やせという話は何度も聞いてきましたが、そもそも今やっている処置がいくら残っているのかを知らないまま増やしても意味がなかった、というのが一番の気づきでした」。静かな言葉だが、12年分の実感が入っている。
その後、何が変わったか(After)
取り組みを始めて3か月目、月次の数字が翌月の8日には手元に揃うようになった。以前は税理士から届く試算表を2か月遅れで眺めるだけだった院長にとって、これは想像以上の変化だ。「今月どうだったか」が、翌月の診療計画に間に合う。
数字が見えてくると、判断が変わる。インプラントの1時間あたり採算は想定より厚く、一方で自費補綴の一部メニューは技工料を差し引くと保険診療とほぼ変わらない水準だ。予約枠の配分を組み替え、衛生士のメインテナンス枠を週あたり2枠削って、その時間をカウンセリングと自費処置に充てた。
値引きの場面は、目に見えて減った。基準を明文化する前、院長は月に10件近い値引き判断をその場でこなしていた。整備後は月1〜2件程度。残りはスタッフが基準表を見て答えを出す。院長が診療室を出て受付に呼ばれる回数は、半分以下だ。
カウンセリングの手順が統一されてから、スタッフ間の提示金額のばらつきもほぼなくなった。「同じ処置なのに先生によって金額が違う」と患者に言われることが、院長にとって長年の小さな傷だった。今はそれがない。
取り組みから1年が経った頃、自費率は緩やかではあるが継続的な改善傾向を示している。劇的な数字の跳ね上がりではなく、月ごとに少しずつ積み上がる変化。それが、この医院の実態に合った速度だ。
院長はある月次経営会議の終わりに、こう話した。
「症例を増やせという話は何度も聞いてきましたが、そもそも今やっている処置がいくら残っているのかを知らないまま増やしても意味がなかった、というのが一番の気づきでした。数字を見てから料金と説明の順番を整えたことで、スタッフが迷わなくなり、私が毎回判断する場面も減りました。」
これから検討する方へ
「もう少し患者数が増えたら、考えようと思っていました」と、院長は振り返る。でも、その「もう少し」は12年間、ずっと先にあり続けた。
原価も採算も曖昧なまま症例数を追っても、手元に残るものは増えない。それは数字を整えてから、初めて見えてくる事実だ。先送りしている間も、技工料は上がり、材料費は上がり、スタッフの給与水準も上がっていく。
今の診療で、1時間あたりいくら残っているか。答えられるだろうか。そこが起点だ。
私たちの視点
症状を追いかけるより、土台を見る。それだけのことで、院長の判断は変わる。
数字が翌月上旬に出る。原価が見える。基準が紙に残っている。その三つが揃ったとき、院長は初めて「感覚」ではなく「構造」で経営を動かせるようになる。
集患の前に、今の診療がいくら残っているかを知る。その順番を変えるだけで、見える景色は違う。
同じ悩みに心当たりのある方は、自由診療のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。









