どんぶり決算から部門別採算へ、複合経営の判断軸を取り戻した医療法人

どんぶり決算から部門別採算へ、複合経営の判断軸を取り戻した医療法人

「なんとなく、介護は赤字な気がする。でも、正直、断言できないんです」

初回の面談で、院長はそう口にした。声に迷いがある。数字ではなく、感覚で語っている。

外来診療と通所リハビリテーションを併設する複合経営。月次の確認は、税理士から届く試算表を眺めるだけ。診療部門と介護部門の損益は合算されたまま、どちらが利益を生み、どちらが全体を圧迫しているのか、数字の上では見えない。稼働率も、利用者一人あたりの単価も、送迎にかかっているコストも、院長の手元にはない。

判断の根拠が、どこにもない状態で、判断だけを求められている。

あなたのクリニックでも、「なんとなく、あの部門が重い」という感覚だけが残っていないだろうか。この記事では、どんぶり決算から部門別採算へ移行し、判断の土台を取り戻した一つの医療法人の経緯を紹介する。

相談に来られた頃(Before)

毎月末、税理士から届く試算表を院長は一枚めくる。合計欄を確認して、ため息をつく。それだけだ。

数字そのものは悪くない。法人全体で見れば、売上は一応立っている。だが「利益が残っている感じがしない」という感覚が、ここ数年ずっとついて回っている。外来の診療収益なのか、通所リハビリの介護報酬なのか、何がどう積み上がってこの数字になっているのか、試算表を眺めても分からない。事業が合算されているから、当然だ。

「介護部門、実際のところ黒字なんですか?」

ある夜、事務長格の配偶者に聞かれて、院長は少し間を置いた。「たぶん、大丈夫なんじゃないか」。自信はない。根拠もない。その場をやり過ごすような答えしか、出てこない。

通所リハビリを始めたのは、地域に需要があると判断したからだ。リハビリを必要とする高齢者が多い地域で、外来だけでは拾いきれない患者層がいる。「介護は地域貢献」という思いは今も変わらない。ただ、その判断を支える数字が、どこにもない。稼働率が今何パーセントなのか。利用者一人あたりの月間単価はいくらか。送迎の人件費と燃料費を合わせたコストが、介護報酬に対してどの割合を占めているのか。どれも「だいたいこのくらい」という感覚しかない。

人員配置の相談が上がってくるたびに、院長は困る。介護リーダーが「スタッフをもう一人増やしたい」と言う。断る根拠がない。かといって、承諾する根拠もない。結局「もう少し様子を見よう」と先送りにする。送迎ルートの見直しも、単価設定の検討も、ずっと「そのうちやる」のままだ。

休日の昼、院長は自宅の机に座って去年の試算表を並べてみる。数字を追っても、診療と介護がどう絡み合っているのか、輪郭が見えてこない。「なんとなく赤字かもしれない」という不安だけが、じわじわと大きくなる。かといって「撤退する」とも言い切れない。地域の患者さんの顔が浮かぶから。

幹部との会議でも、数字の話にはならない。「稼働率が低い月は、どうしてですか」と院長が聞けば、「天候が悪くて欠席が多かったです」と返ってくる。それ以上、掘り下げる材料がない。感覚と経験だけで議論が終わる。

誰かが決めなければならない。でも、何を根拠に決めるのか。

その問いへの答えを、院長はずっと持てないまま、また翌月の試算表を待っている。

なぜ、私たちを選んだのか

最初に頼ったのは、顧問税理士だった。

開業以来、申告も試算表の確認も、ずっとその事務所に任せてきた。信頼はある。ただ、「部門ごとに損益を分けて見たい」と相談したとき、返ってきた言葉は「それは少し、私どもの範囲を超えますね」というものだった。記帳と申告が主な業務であり、診療部門と介護部門を切り分けて採算を設計し、現場の運用まで落とし込む、そこまでは対応できない。院長は「そうですか」と引き下がる。問題は、そのまま残った。

次に声をかけてきたのは、大手の医療経営コンサルだった。提案書の体裁は整っている。スライドは100枚近く、数字も豊富。ただ、読み進めるうちに違和感が出てくる。外来と通所リハを同一法人で運営する複合経営の現実が、どこにも反映されていない。送迎コストの扱い、介護報酬の単価構造、稼働率の季節変動。そういった実態が抜け落ちたまま、一般論が並んでいた。費用の見積もりも高額で、「これで本当に自分のクリニックが変わるのか」という確信が持てず、契約には至らなかった。

「結局さ、提案書を買うだけになりそうで」と院長は振り返る。「実行は自分でやれ、ということでしょう。それが一番しんどいのに」

Millenniumを知ったのは、同じ地域で複合経営を営む知人医師の紹介だった。決め手は二つある。医療と介護をまたぐ経営構造に実績があること。そして、提案で終わらせず、月次の運用が現場に定着するまで並走すること。「数字を見せてくれるだけじゃなく、数字で動ける状態にしてくれるかどうか、そこが知りたかった」と院長は言う。初回の打ち合わせで、共通費の配賦ルールや月次会議の設計について具体的な話が出たとき、「あ、これは実行する気がある人の話し方だ」と感じた。依頼を決めた瞬間だ。

私たちがやったこと(時系列)

1か月目は、まず数字を「切り分ける」ことから始まった。

手元にあるのは、税理士が毎月届ける試算表。診療部門と通所リハビリを合算した一枚の損益計算書だ。院長はそれを眺め、「なんとなく赤字かもしれない」と感じながら、しかし確かめる手段を持てずにいた。

最初の作業は、この合算データを診療部門と通所リハ部門に分解することだ。売上は比較的すっきり分かれる。診療報酬と介護給付、それぞれの請求実績を部門に紐づければよい。問題は費用側だ。家賃、管理部門の人件費、光熱費、これらは両部門が共有している。どう配賦するか。床面積比、稼働時間比、人員数比のうち、各費目の性質に合わせて配賦基準を一つひとつ決める。送迎費は通所リハに直課できるため、車両維持費・燃料費・送迎担当者の人件費を分解し、利用者一人あたりの送迎コスト単価として算出した。

この配賦ルールの設計に、約3週間かかった。院長と事務長が確認を重ね、「これなら実態に近い」と合意できる基準を固める。ルールが決まれば、部門別の貢献利益が初めて数字として出てくる。院長は画面を見て、しばらく黙っている。

「赤字か黒字かも分からなかったのが、数字で出るんですね」

感想というより、確認するような口調だった。

2か月目は、KPIの定義と月次フォーマットの整備に充てた。部門別の貢献利益だけでは、「なぜその数字になったか」が分からない。稼働率、利用者一人あたり単価、送迎コスト単価の3つを介護部門の主要KPIとして設定し、診療部門には患者単価と保険外収益の比率を加える。これらを一枚のフォーマットに並べ、院長・事務長・介護リーダーの三者が毎月同じ表を見て議論できる形にする。

フォーマットの設計で意識したのは「見る人が答えを出せるか」という点だ。数字が並んでいても、どこを見ればいいか分からなければ会議は紛糾するだけになる。KPIには前月比と目標値の列を設け、赤字のセルは色が変わる仕組みにした。「自分の部門の数字がこんなに細かく出るとは思っていなかった」と介護リーダーは話した。

3か月目、月次採算会議を初めて開いた。院長、事務長、介護リーダーの三者が会議室に集まり、フォーマットを画面に映す。各リーダーが自部門の数字を持ち寄り、前月の実績を確認し、今月の打ち手を決める。会議の設計として、冒頭15分は数字の読み合わせ、次の20分は課題の特定、最後の10分で「誰が・いつまでに・何をするか」を決める形にした。

初回は、稼働率の低さが議題の中心になった。通所リハの定員に対し、実稼働が8割を下回っている月が続いている。介護リーダーは「ケアマネからの紹介が減っている時期がある」と話し、院長は「そういう波があることは知らなかった」と返した。数字が出て初めて、会話が始まる。

4か月目以降は、会議で決めた打ち手を順番に実行する期間に入った。ケアマネへの定期訪問を月2回に増やし、法人の通所リハの特徴を改めて伝える機会を設ける。送迎ルートは利用者の住所データをもとに再設計し、一部の曜日で走行距離を短縮できた。単価については、加算の取得状況を見直し、取れていなかった処遇改善加算の算定要件を確認するところから着手した。

毎月の会議で進捗を追い、数字が動いたかどうかを確かめる。打ち手が効いていなければ、その場で修正する。「撤退するかどうか」という問いは、いつの間にか「どこを直せば残せるか」という問いに変わっていた。

その後、何が変わったか(After)

月次採算会議が始まって3か月目。院長は会議室のホワイトボードに貼られた部門別の損益シートを見ながら、静かに口を開いた。「ここまで見えてくると、もう感覚で話せないですね」。

診療部門と通所リハ部門、それぞれの貢献利益が数字で並ぶ。共通費の配賦ルールが決まったことで、「どちらがどれだけ稼ぎ、どこで損をしているか」が初めて一枚の紙に収まった。介護部門は赤字ではない。ただ、稼働率が定員の72%前後で推移しており、送迎コストが月次で40万円を超えていた。改善の余地は、そこにある。

送迎ルートの見直しは、介護リーダーが主導した。地図を広げ、利用者の自宅位置を書き込み、車両ごとの走行距離を試算する。週単位でルートを組み直した結果、送迎コストは2か月で月7万円ほど圧縮できた。稼働率も、地域のケアマネジャーへの案内を強化したことで76%台まで回復しつつある。貢献利益ベースで見ると、マイナス幅は数十万円単位で縮小している。

「撤退」という言葉は、会議から消えた。代わりに出てくるのは「稼働率を80%に乗せるには何が要るか」「単価設計をもう一度見直せるか」という問いだ。院長だけが答えを出す場ではなくなっている。介護リーダーが自部門の数字を持ち込み、事務長が費用の内訳を確認し、議論が動く。

院長への確認依頼も、目に見えて減った。以前は「これ、どうしましょうか」と声をかけられるたびに診療の合間に判断を求められていた。今は月次会議で決めたKPIが判断の基準になっているため、現場が自分で動ける範囲が広がっている。

法人全体の利益率も、改善傾向に転じた。数字の変化よりも大きいのは、意思決定の質が変わったことかもしれない。院長は言う。「”なんとなく赤字かもしれない”という不安から、”どこをどう直せば残せるか”へ話が変わりました。数字が見えるだけで、これほど判断が楽になるとは思いませんでした」。

これから検討する方へ

「いつか整理しよう」と思いながら、何年が過ぎただろうか。

どんぶりの決算でも、法人は動く。税理士は申告を仕上げてくれる。スタッフは今日も出勤し、利用者は送迎車に乗る。日常は続くから、緊急感が生まれない。でも、その間も送迎コストは積み上がり、稼働率の低い日が静かに利益を削っている。

部門別採算の整備は、撤退を決めるためではない。「残すなら、どこを直すか」を議論するための土台だ。数字がなければ、感情論しか残らない。「地域貢献だから」という言葉は正しい。ただ、その判断を守るためにこそ、数字が要る。

院長が「もう少し様子を見よう」と言い続けた時間は、取り戻せない。先送りが選択肢を狭めていく。それだけは、確かだ。

私たちの視点

数字は、答えを出すためにある。そして時に、「続ける」という答えを、より確かなものにする。

どんぶり決算のまま走り続けることは、判断を先送りしているのではない。判断する材料を持たないまま、毎月の経営を勘で乗り切り続けることだ。

院長が「地域貢献として残したい」と思うなら、その気持ちを数字で支えればいい。感情と経営判断は、切り離すものではなく、重ねるものだ。

同じ悩みに心当たりのある方は、経営構造診断のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。

この記事を書いた人

ミレニアム株式会社 経営支援チーム

医療法人・クリニックを中心に、経営改善、組織設計、人材定着、財務改善、マーケティング支援を行う専門チームです。

院長・理事長への業務集中、スタッフ退職、採用難、評価制度の未整備、事業承継、集患・広報など、医療機関に特有の経営課題に対し、現場の実態と経営構造の両面から課題を整理し、改善策を提案しています。

本メディアの記事は、医療法人経営やクリニック運営に関する実務知見をもとに、経営者が意思決定しやすい情報提供を目的として監修しています。