院長一人に集中した業務を仕組みに移し、休める体制をつくった心療内科の話

院長一人に集中した業務を仕組みに移し、休める体制をつくった心療内科の話

予約は、3ヶ月先まで埋まっている。患者が来てくれている証拠だ。でも、それが重い。

首都圏近郊の地方都市で心療内科を開業して7年目。常勤医は院長一人、スタッフは8名。診療は回っている。数字も悪くない。なのに、休診日の午後も机の前に座っている。スタッフへの指示、採用の段取り、労務のトラブル対応、来月の収支の見通し。誰かに振ろうにも、手順がどこにも書いていない。自分の頭の中にしかない。

「いや、正直、もう無理だと思ってました。医院を守ることと、自分が壊れることが、背中合わせで」と、院長は後にそう話している。

あなたのクリニックでも、似たような感覚はないだろうか。忙しいのに、前に進めない。疲れているのに、止められない。この記事では、そこから抜け出した一つの経緯を、できるだけ具体的に書く。

相談に来られた頃(Before)

木曜日の午後9時。診察室の灯りだけが残っている。

日本医師会総合政策研究機構の調査では、診療所開業医の勤務時間は病院勤務医に近い水準にあることが示されています。

出典: 日本医師会|開業動機と開業医(開設者)の実情に 関するアンケート調査

カルテの入力が終わらない。今日も最終患者を送り出したのは8時を過ぎていた。予約は3ヶ月先まで埋まっている。新規の問い合わせは毎日入るが、受け入れる枠がない。「申し訳ありませんが、現在新規の受付を一時停止しております」という返答を、受付スタッフが繰り返す。院長はその声を診察室の奥で聞きながら、次の患者のカルテを開く。

診察だけで、もう限界だ。

それでも仕事は診察で終わらない。スタッフの勤怠管理、採用面接のスケジュール調整、業者との契約確認、医薬品の発注確認。気づけば、クリニックの運営に関わるすべての判断が、院長の机に積み上がっている。「先生、これどうしますか」「先生、これはどう対応すれば」。スタッフは悪意があるわけではない。ただ、決め方が、どこにも書いていない。

休診日の土曜日。午前中は溜まった書類を片付ける。午後は来週の採用面接の準備。夕方になって、ようやく家族と食卓につく。でも頭の中には、来週の予約の詰まり具合と、先週辞めたスタッフの穴埋め案が同居している。箸を持ちながら、どこか別の場所にいる。

「いや、正直、もう無理だと思ってました。休みの日も休んでいる感じがしなくて」

後に院長はそう話す。燃え尽きる、という言葉が頭をよぎりはじめたのは、このころだ。心療内科の院長が、自分のメンタルの限界を感じている。その皮肉に、笑う気力もない。

もっと怖いのは、自分が倒れた時のことを想像すると、答えが出ないことだ。院長が休めば、診療は止まる。スタッフは対応できない。業務の手順はほとんど院長の頭の中にある。引き継げるものが、何もない。

相談できる相手もいない。顧問税理士は数字を見てくれるが、経営の判断や組織のことは専門外だ。医師仲間に話せば、「うちも同じだよ」で終わる。同じ悩みを持つ人はいても、一緒に考えてくれる人はいない。孤独、という言葉が正確かどうかわからないが、少なくとも、誰も並んでいない。

開業7年目。患者は来る。売上は立っている。でも、このまま続けられるか。5年後、自分はどうなっているか。そこだけが、見えない。

なぜ、私たちを選んだのか

相談に踏み切る前、院長はいくつかの選択肢を調べていた。一般の経営コンサル、医療系の顧問契約、あるいは「もう少し自分でやってみる」という選択肢。

一般コンサルに問い合わせたこともある。返ってきたのは、丁寧にまとめられた提案書だった。課題の整理は正確で、改善の方向性も間違っていない。ただ、読み終えて思う。「これを、誰が実行するんだろう」。提案書の実行者は、結局また自分だ。疲れ果てた院長が、さらに新しいタスクを抱える絵しか浮かばない。

医療系の顧問も検討した。ただ、財務や労務の相談は「それぞれの専門家へ」と分散し、経営全体を一緒に見てくれる人間がいない。相談先が増えるほど、調整役は院長自身になる。それでは今と変わらない。

決め手になったのは、最初の面談でのやりとりだ。「先生が倒れたら、この医院はどうなりますか」と問われた。答えに詰まる。診療も、スタッフへの指示も、経営判断も、すべてが自分に紐づいている。その構造を、相手は最初から「院長個人の問題」ではなく「経営の土台の問題」として見ていた。

「提案書を渡して終わりじゃないですよね」と院長は確認した。「月次で現場に入ります。業務の委譲も、スタッフへの落とし込みも、一緒にやります」という答えが返ってきた。

院長の働き方と健康の持続性まで視野に入れて動いてくれる。その言葉が、孤立していた院長の状況に重なった。「倒れる前に相談できてよかった」という言葉は、後から出てきたものではない。選んだ理由そのものが、すでにそこにある。

私たちがやったこと(時系列)

最初の面談で、院長は手帳を開いた。びっしりと書き込まれた予定。診療時間が終わっても、その日の「仕事」は終わらない。請求確認、スタッフへの連絡、翌週の予約調整。「何時に帰れるかは、その日になってみないとわからないんですよ」。声に、力はない。

1か月目に着手したのは、院長業務の全量棚卸しだった。「診療」「経営判断」「事務処理」「労務管理」の4領域に分け、院長が日常的に行っているすべての業務を書き出す。付箋に一つずつ書き、壁に貼っていく。40枚を超えたあたりで、院長が手を止めた。「こんなにあるんですね」。驚きというより、確認。自分でもわかっていなかった。

書き出した業務を3分類で整理した。「院長でなければ判断できない業務」「院長が関与するが委譲可能な業務」「スタッフが担える定型業務」の3つだ。診療方針の決定や処方の最終確認は当然、一列目に入る。一方、予約管理、問い合わせへの一次対応、在庫の発注確認といった業務は三列目に移せる可能性が高い。2時間かけて仕分けを終えると、院長の労働時間の3割近くが「定型業務」で占められていることが浮かんだ。

2か月目から、委譲の実行に入る。まず「役割定義書」を作成した。A4一枚に、スタッフ一人ひとりが「何を決めてよいか」「何を院長に確認するか」を明記する。これがないと、委譲は「丸投げ」と区別がつかない。スタッフが判断に迷うたびに院長を呼ぶ構造は、定義書がなければ変わらない。

予約管理を担当スタッフに移した最初の週、院長は何度もスマートフォンを確認していた。「ちゃんとできているかな、と思って」。確認すること自体は悪くない。ただ、1週間後には確認の頻度が落ちていた。スタッフが動けている。それが見えると、院長の体の緊張が少し緩む。

3か月目は、予約・診療動線の再設計に集中した。当時の1日の診療コマ数は、院長の体力的な上限を超えていた。予約が埋まるのは患者にとってよいことだが、院長が毎日限界で診療を終えるなら、それは持続しない。1日の診療枠を院長の稼働上限に合わせて設定し直し、予約の受け付け方を変えた。「枠が減ったら患者さんに申し訳ない」という院長の言葉は、正直な感覚だ。ただ、院長が倒れれば全枠が消える。どちらのリスクが大きいか。数字で並べると、院長は黙って資料を見ていた。

4か月目に入り、幹部候補スタッフの育成を始めた。日常的な意思決定の一部、たとえばスタッフ間のシフト調整や備品の発注判断を、特定のスタッフに委ねる。月次の確認会議を設け、「先月、何を決めたか」「迷ったことは何か」を30分で振り返る。院長は口を出しすぎないように意識した。「つい言いたくなるんですよね。でも、言いすぎると任せたことにならない」。

5か月目の終わり、院長は久しぶりに土曜の午後を空けた。診療は通常通り終わり、事務処理の大半はスタッフが処理している。完全ではない。まだ院長が確認しなければならない場面も残る。ただ、以前のように「全部が自分にかかってくる」感覚ではなくなっていた。

6か月目以降は、常勤医増員を見据えた採用・収益計画の策定に移った。院長一人の体制のまま規模を維持することの限界は、この半年で数字として見えている。増員した場合の収益シミュレーション、採用にかかる期間の想定、受け入れ体制の整備。「先を考えられるようになった」と院長は言う。半年前には、先を考える余裕がなかった。

その後、何が変わったか(After)

支援から約6ヶ月が過ぎた頃、院長の1週間の実働時間は、以前と比べて10時間から15時間ほど短くなっていた。診療後に残る事務作業の量が変わり、休診日の午前中にスマートフォンを手に取る回数が、目に見えて減っている。

以前は休診日も、朝9時には業務連絡が届いていた。スタッフからの確認メッセージ、患者対応の判断を求める問い合わせ、翌週の予約調整。院長はそのたびに返信し、気づけば昼を過ぎる。休日が、休日でない日々。

変化の起点は、定型業務の「判断基準の言語化」にある。スタッフが日々直面する判断のうち、院長でなくても決められるものを洗い出し、判断フローを紙に落とす。最初は30項目ほど。「この状況ならAの対応」「この条件を満たすならBに進む」という形で、院長の頭の中にしかなかったルールを、スタッフが参照できる形に変えていった。

結果として、スタッフから院長への確認依頼は、月間でおよそ4割減少した。数字よりも実感として大きかったのは、院長が診察室を出た後に「先生、少しいいですか」と声をかけられる頻度が減ったことだ。

離職者数も、支援前の1年間で2名だったのが、支援後の1年では0名で推移している。採用にかかっていたコストと時間が、そのまま院内の整備に回せるようになった。

意思決定の共有体制が整い、院長が半日不在でも診療と運営が滞らない状態に近づいた今、院長はこう話す。

「倒れる前に相談できてよかった。一人で抱えていた時は、医院を守ることと自分が壊れることが背中合わせでした。今は任せられる人と仕組みができ、少し先を考えられるようになりました」

これから検討する方へ

「倒れる前に相談できてよかった」と、院長は振り返る。あの時点で動いていなければ、どうなっていたか。本人が一番よくわかっている。

今、同じ場所に立っている院長はいないだろうか。予約は埋まっている。数字も悪くない。でも、休めない。誰にも任せられない。その状態を「まだ大丈夫」と判断し続けることが、実は最もリスクの高い経営判断かもしれない。

属人化の解消は、採用より先に役割設計から始まる。人を増やす前に、今いる人が動ける仕組みをつくること。その順番を間違えると、人が増えても院長の負荷は変わらない。

先送りにできる問題ではない。院長が倒れれば、患者も、スタッフも、医院全体が止まる。「休める体制をつくる」は、院長個人の話ではなく、医院の継続性を守る経営の判断だ。

私たちの視点

医療法人の経営で最も見落とされやすいのは、「院長が倒れるリスク」を経営リスクとして扱っていないことだ。

属人化は、院長の能力が高いほど進む。よく動く人間に仕事が集まるのは、組織の自然な引力だ。だからこそ、意図的に設計し直さなければ、構造は変わらない。

休める体制は、院長のためだけにある話ではない。患者が安心して通い続けられる医院の継続性、それ自体が経営の土台だ。

「倒れる前に相談できてよかった」という言葉が、すべてを言い表している。

同じ悩みに心当たりのある方は、外部COOのご相談から。まず現状を整理するところから始めます。

この記事を書いた人

ミレニアム株式会社 経営支援チーム

医療法人・クリニックを中心に、経営改善、組織設計、人材定着、財務改善、マーケティング支援を行う専門チームです。

院長・理事長への業務集中、スタッフ退職、採用難、評価制度の未整備、事業承継、集患・広報など、医療機関に特有の経営課題に対し、現場の実態と経営構造の両面から課題を整理し、改善策を提案しています。

本メディアの記事は、医療法人経営やクリニック運営に関する実務知見をもとに、経営者が意思決定しやすい情報提供を目的として監修しています。