売上は伸びている。患者数も、確かに増えている。なのに、なぜ手元に残らないのか。
首都圏近郊で婦人科外来を中心に運営する産婦人科クリニック。開業から7年が過ぎた頃、院長はその感覚を抱え始める。忙しさは増す一方で、資金への不安だけが消えない。試算表は毎月、税理士から届く。ただ、受け取るだけで終わる。どの費目がどれだけ膨らんでいるか、院内で誰も追っていなかった。
「なんというか、忙しくなるほど楽にならないんです。どこから手を付ければいいのか、正直わからなくて」
増収なのに利益とキャッシュが手元に残らない。その構造に、院長自身も気づけていなかった。この記事は、同じ感覚を持つ院長に向けて書いている。
相談に来られた頃(Before)
診察が終わるのは、たいてい夜の8時を回ってから。外来の最後の患者が帰り、スタッフが退勤の挨拶をして出ていく。院長は診察室の椅子に座ったまま、少しの間だけ動けない。疲れているのか、考えているのか、自分でもよく分からない。
患者数は増えている。予約は埋まっている。スタッフも増やした。設備も整えてきた。開業から7年、ここまで来たのは確かだ。なのに、なぜか手元が楽にならない。
月末に通帳を確認するたびに、胸のあたりに何かが引っかかる。「売上は上がってるはずなのに」と思う。でも数字を追いかけようとすると、どこから見ればいいのか分からなくて、結局そのままにしてしまう。
試算表は毎月、税理士から届く。ファイルに綴じる。それだけだ。数字が並んでいるのは分かる。ただ、それを見て何かを判断したことは、ほとんどない。「先生、利益はこのくらいですね」と言われても、「そうですか」と返すしかない。何と比べて、どこが問題なのか。聞けばいいのかもしれないが、何を聞けばいいかも分からない。
人件費は増えた。非常勤のスタッフも増やしたし、医師も増員した。材料費も上がっている。外注している業務もある。ただ、それぞれがどれくらいの割合で売上を食っているのか、正直なところ把握していない。「患者が増えればコストも増える。それは仕方ない」と思ってきた。本当にそうなのかどうか、検証したことはない。
ある日曜の午後、自宅の机に試算表を広げてみた。配偶者が隣で家計の話をしているのを耳に入れながら、数字を眺める。売上の欄は悪くない。でも、その下の費用の欄がずらりと並んでいて、どこを見ればいいのか分からなくなる。院長は静かにファイルを閉じた。
「いや、正直、どこが問題なのかすら分かってなかったんです。忙しいのは確かで、売上も出てる。なのに、なんというか、手応えがない。不安なんだけど、何に不安なのかも言語化できなくて」
漠然とした不安というのは、具体的な恐怖より始末が悪い。何かが起きているのは分かる。でも、どこで何が起きているのかが見えない。だから対処のしようがない。
増収なのに、楽にならない。忙しくなるほど、むしろ苦しくなる気がする。その感覚だけが、開業7年目の院長の胸に、じわじわと積み重なっている。
なぜ、私たちを選んだのか
最初に相談したのは、顧問税理士だった。
「売上は伸びているのに、手元にお金が残らない」と話すと、「経費が増えているからですね」と返ってきた。それはわかっている。どの経費が、どれだけ、なぜ増えているのかが分からないから困っているのだ。
次に、知人の紹介で一般的な経営コンサルタントに話を聞いた。初回のヒアリングは丁寧で、数週間後に分厚い分析レポートが届いた。「人件費率が業界平均より高い傾向があります」「外注費の見直しを検討されることをお勧めします」。内容は間違っていない。ただ、その先が書いていない。どの外注費を、誰が、いつまでに、どう動かすのか。レポートを閉じたあと、院長の手は止まったままだった。
「結局さ、提案書をもらっても、動くのは自分なんですよね。でも自分が一番忙しいから、動けなくて」
そこで選んだのが、医療機関の経営に特化した実行支援だった。決め手は一つ。「費目ごとの見直しから、現場での運用定着まで並走する」という言葉だ。分析して終わりではなく、実際に動く。その違いは、最初の面談で明確だった。
もう一つ、院長が安心できた点がある。「削れるコストを探す」ではなく、「利益が残る収益構造を一緒に再設計する」という姿勢だ。コスト削減と収益構造の再設計は、似ているようで違う。前者は数字を小さくする作業で、後者は経営の骨格を変える話になる。院長が本当に必要としていたのは、後者だった。
「数字合わせじゃなく、構造から変えてくれると聞いて、ようやく話が合うと思いました」
私たちがやったこと(時系列)
1か月目の最初にやったことは、シンプルだ。院長が税理士から受け取るだけで積んでいた試算表を、過去12か月分、テーブルに並べる作業だ。
費目ごとに数字を拾い、人件費率・材料費率・外注費の3つを月別に並べ直す。それだけで、ある費目が売上の伸びを上回るペースで膨らんでいることが見えてくる。「こんなに人件費率が高かったんですか」と院長は言った。驚いているというより、確認している口ぶりだ。感覚ではなんとなく気づいていたが、数字として見るのは初めてだった。同規模の婦人科外来クリニックの目安水準と並べると、乖離が大きい費目が2つ浮かび上がる。外注費と、非常勤医師を含む人件費の構造だ。
2か月目に入ると、洗い出した費目を3つに切り分ける作業に移った。「削るべきコスト」「投資すべきコスト」「現状維持」の3区分だ。院長と一緒に、費目ひとつひとつに対して判断を下していく。ここで時間がかかったのは、非常勤医師の稼働コストだった。
非常勤医師が複数いる体制は、患者数の増加に対応するために組んできたものだ。しかし、外来の診療コマ数と非常勤医師の稼働コストを突き合わせると、収益に対して稼働が過剰になっているコマが見えてくる。「先生を減らすというより、コマの組み方の問題ですよね」と院長は整理していた。削減ではなく、配置の見直し。その言葉が出てきたとき、院長の中で何かが腑に落ちた様子だった。
3か月目は、仕組みを作る月だ。院長が月内に利益を自分でモニタリングできる管理シートを設計し、毎月第2週に数字を確認して打ち手を考えるリズムを作る。KPIは「人件費率」「材料費率」「月次営業利益」の3点に絞る。多くの指標を追っても判断が分散するだけだ。3つだけ見れば、今月の経営状態がひとつの画面で把握できる。
最初の月次確認の日、院長は管理シートを開いて少し黙った。「これ、毎月自分で見ればいいんですね」と確認するように言う。そうだ。月末に税理士から試算表が届く前に、自院で数字を見て判断する。それだけのことだが、これまでそのリズムがなかった。
4か月目以降は、月次経営会議で前月の実績と目標の乖離を確認し、費目単位で小さな修正を重ねていく。外注費の一部は契約条件を見直し、非常勤医師の稼働コマは外来の予約状況に合わせて再設計した。どちらも大きな変更ではない。しかし、毎月確認して、ずれたら直す。そのサイクルが回り始めると、数字が少しずつ動いてくる。
6か月目の会議で、院長はこう言った。「売上を追うほど苦しくなっていた理由が、費目に分けて初めて腑に落ちました。数字で自分の医院を語れるようになったのが一番の変化です」
増収がそのまま利益に結びつかない構造は、売上の問題ではない。費目ごとのコストが管理されないまま膨らんでいた、それだけのことだ。見えていなかったから、手が打てなかった。見えるようになった今、院長の判断には根拠がある。
その後、何が変わったか(After)
月次の経営会議が終わったあと、院長は試算表を閉じながら言った。「今月の材料費、先月より下がってますね」。確認ではなく、事実の確認。そこには以前の不安げな声色がない。
支援から3か月が経つ頃には、費目別の管理シートが月次会議の定位置に置かれるようになっていた。人件費率は支援開始時点で売上比55%を超えていたが、シフト設計の見直しと非常勤スタッフの稼働配分を調整することで、6か月後には51%台まで落ち着いてくる。材料費についても、使用頻度の低い消耗品の発注ルールを整理し、外注費は業者ごとの単価と利用頻度を並べて比較した結果、年間で数十万円規模の見直し余地が見えてきた。
数字が変わっただけではない。院長の判断のリズムが変わった。
以前は、税理士から試算表が届くのを月末近くに待ち、受け取っても「なんとなく厳しい」と感じるだけで終わっていた。今は月の半ばに一度、管理シートを自分で開く。人件費が予算より膨らんでいれば、その月のうちに原因を探す。翌月に持ち越さない。そのサイクルが定着している。
資金への感覚も変わってきた。「次の超音波機器、そろそろ更新したい」と院長が口にしたのは、支援から8か月ほど経った頃だ。以前なら「でも今は厳しいから」と話が止まっていた。今は月次の営業利益の推移を見ながら、どのタイミングで稟議を組むかを具体的に検討できている。感覚ではなく、数字が根拠になっている。
増収が利益とキャッシュに結びつく実感。それは派手な変化ではなく、毎月の会議で数字を見るたびに少しずつ積み重なっていくものだ。
「売上を追うほど苦しくなっていた理由が、費目に分けて初めて腑に落ちました。数字で自分の医院を語れるようになったのが一番の変化です」
これから検討する方へ
「来年になったら、ちゃんと数字を整理しよう」。その院長も、最初はそう思っていた。
ただ、来年になっても状況は変わらない。患者数が増えれば増えるほど、スタッフの稼働も材料の消費も外注の依頼も膨らむ。忙しさの中で、費目を見直す時間はどこにも生まれない。先送りは、コスト構造を悪化させながら静かに続く。
今、同じ感覚を持っているとしたら、問いたいことがある。「売上が伸びているのに、なぜ手元が楽にならないのか」、その答えを費目の言葉で説明できるだろうか。できないとすれば、それはまだ構造を見ていないということだ。
「数字で自分の医院を語れるようになったのが一番の変化です」と、その院長は言う。語れるようになるまでの時間は、早いほどいい。
私たちの視点
増収なのに手元が苦しい。その感覚は、勘違いでも甘えでもない。費目の構造が、ただ見えていなかっただけだ。
数字で自院を語れるようになること。それが、経営の主導権を取り戻す最初の一歩になる。
同じ悩みに心当たりのある方は、経営構造診断のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。









