求人票を出し続けているのに、応募が来ない。そういう状態が、どれくらい続いているだろうか。
地方都市で糖尿病内科・代謝内科を営む、あるクリニックの院長も、同じ問いを抱えていた。看護師と管理栄養士の欠員が埋まらないまま、既存スタッフの残業は月20時間を超えようとしている。紹介会社経由でなんとか採用しても、1人あたり80万円から100万円のコストがかかる。人件費率はすでに55〜60%近辺。「給与を上げるしかない」と思っても、原資がない。
このまま続けば、診療枠を削るしかない。院長の頭の中には、もうその選択肢がちらついていた。
この記事は、その状態から抜け出したプロセスの記録だ。採用の「運」ではなく、選ばれない「構造」を直した話である。
相談に来られた頃(Before)
診療が終わった夜、院長は求人サイトの管理画面を開く。掲載から半年が過ぎている。応募件数の欄には、今日もゼロが並んでいる。
糖尿病内科のクリニックだ。地方都市の外来中心、スタッフは10名ほど。看護師と管理栄養士が相次いで抜け、もう7か月が経つ。毎週のように求人票を確認し、タイトルを少し変え、給与欄の数字を少し上げる。それでも、問い合わせの電話は鳴らない。
「なんでだろう、と毎晩考えてましたよ。うちが特別に悪いわけじゃないと思うんですけど」
紹介会社には頼んだ。1人採れた。でも費用は80万円を超えた。次の欠員にまた頼めば、また同じ金額が出ていく。採用コストが積み上がる一方で、残った既存スタッフの残業は月20時間を超えようとしている。
朝のミーティングで、ベテランの看護師が「今週もシフト、厳しいですね」と静かに言う。責めているわけではない。ただ、疲れている。その声のトーンが、院長には一番きつい。
給与を上げるしかない。そう考えた。でも、数字を見ると止まる。人件費率はすでに55%を超えている。ここからさらに基本給を引き上げれば、経営が持たない。原資がない。手が出ない。
「採用って、結局は運なんですかね」と、ある夜、配偶者にぽつりと漏らした。配偶者は経理を担っている。返ってきたのは「でも、このまま続けるのは無理だよね」という一言だった。正論だ。だから余計に、答えが出ない。
診療枠の削減も、もう現実の選択肢に入ってきていた。週に数コマ、予約を受けるのをやめる。そうすれば現場は少し楽になる。でも、患者は減る。売上は下がる。採用の原資はさらに遠のく。
悪循環の構造は、院長自身もわかっている。わかっていて、どこから手をつければいいかが見えない。求人票を直しても応募が来ない。給与を上げる余裕もない。スタッフは疲弊している。診療枠を削れば患者が離れる。
夜11時、管理画面をまた閉じる。明日も外来がある。答えを出せないまま、また一日が始まる。
なぜ、私たちを選んだのか
「採用は、どこに頼んでも同じだと思っていたんです。求人票を直して、媒体を変えて、あとは待つ。それしかないと」
院長がそう話したのは、最初の面談から少し経った頃のことだ。人材紹介会社には何社か声をかけていた。どこも提案の入り口は似ていた。求人票の文言を整えましょう、掲載媒体を増やしましょう、紹介フィーを払えば候補者を出せます。それ自体が間違いとは言わない。ただ、なぜ応募が来ないのかという問いに、数字で答えてくれる会社はなかった。
決め手になったのは、最初の診断の場で財務の話が出てきたことだ。採用にかけられる原資がどの程度あるか、人件費の水準が地域相場と比べてどこにあるか。感覚ではなく、数字を並べて「選ばれない理由」を説明された。
「なんというか、腑に落ちたんですよね。給与を上げたくても原資がない、でも原資がどこにあるかは誰も教えてくれなかった。それを最初に整理してくれた」
もう一つ、院長が評価したのは医療現場への理解だ。看護師と管理栄養士では採用市場の動き方が違う。地方都市では特定の媒体がほぼ機能しない時期がある。そういった実態を踏まえた話ができる担当者かどうかは、最初の数十分で分かる。
求人票を直すだけでなく、シフトの組み方や評価の仕組みまで一緒に手を動かす。職場そのものを整えるところから伴走する、という姿勢が、他の選択肢とは違った。院長が「これは採用の話ではなく、経営の話だ」と感じたのは、その対話の中でだ。
私たちがやったこと(時系列)
最初に手をつけたのは、求人票でも採用媒体でもなかった。財務の数字だ。
初回の経営構造診断では、直近12か月の損益を月別に並べるところから始めた。院長は「給与を上げるしかない、でも原資がない」と繰り返していたが、実際に人件費率を計算すると、すでに売上の57〜58%前後に達している。これは無床クリニックの一般的な目安である50〜55%を超えた水準だ。「上げる余地がない」のではなく、「構造として上げられない状態になっている」。その違いを数字で示したとき、院長は少し黙る。「なんとなくそうだとは思っていたけど、こうして数字で見ると、違いますね」と、静かに言った。
同時に、欠員ポジションの業務量とシフト負荷を一覧化した。看護師1名・管理栄養士1名の欠員が、残りのスタッフの残業にどう積み上がっているかを可視化すると、月あたり一人当たり20〜30時間超の超過負荷が数字に出る。「選ばれない理由」は給与水準だけではない。シフトの固定感、評価基準の不透明さ、管理栄養士としてのキャリアが見えないこと。それらが複合して、この職場を「選ばれない職場」にしていた。
2か月目に入り、職場の条件そのものを整える作業に移った。まずシフトパターンを見直し、固定曜日休みと時短勤務枠を新設する。「週4日・固定休み」という選択肢を明示するだけで、子育て中の看護師層へのアクセスが変わる。次に、評価基準を文書化した。これまで「院長の感覚」で行われていた評価を、行動指標として紙に落とす。管理栄養士については、業務範囲と院内でのキャリアパスを言語化した。「糖尿病療養指導士の取得支援」「栄養指導件数に応じた役割拡張」を明文化したのは、給与を上げる代わりに「ここで働く意味」を可視化するためだ。
「給与以外でこんなに整理できるとは思っていなかった」と院長は言った。2か月目の終わりのことだ。
3か月目は、採用プロセスの再設計に集中した。求人票を仕事内容・職場環境・キャリアの3軸で書き直す。以前の求人票は「看護師募集、経験者優遇、詳細面談にて」という一行に近い内容だった。書き直した票には、一日の業務の流れ、スタッフ構成、評価基準の概要、管理栄養士なら栄養指導の件数実績まで入れた。面接プロセスも変えた。院長の一問一答形式から、職場見学と短時間の業務体験を組み込んだ2段階制に切り替える。応募者が「自分がここで働く姿」を想像できる構成にする。不安を事前に解消する設計だ。
4か月目以降、応募数が動き始めた。半年ほどで看護師・管理栄養士の欠員は解消し、紹介会社への依存度は以前より下がる。縮小を検討していた診療枠も、元の水準に戻せた。
定着フォローも仕組みとして残した。入職後1か月・3か月のタイミングで担当者が面談に同席し、早期離職の予兆を拾う。「最初の3か月が一番危ない」という現場の実感を、感覚ではなくプロセスとして院内に定着させる。感覚を仕組みに変える、その一手だ。
「採用は運だと思っていたが、選ばれない理由が数字と仕組みで説明されて腑に落ちた」と院長は話した。求人票を直す前に、職場そのものを整える。その順序が、この6か月を動かした。
その後、何が変わったか(After)
支援開始から6ヶ月が経つ頃、院長の朝の動きが変わる。以前は求人媒体の管理画面を開いても「また今日もゼロか」と閉じるだけだったが、今は週に2、3件の応募通知が届いている。看護師のポジションに2件、管理栄養士に1件。数字として見れば地味かもしれない。ただ、半年以上ゼロが続いた現場にとって、これは別の話だ。
欠員が埋まると、既存スタッフの残業が月10時間を下回るようになった。「なんか、帰れるようになりましたね」と受付スタッフが言ったのを院長は覚えている。疲弊感の訴えが減り、ミーティングの空気が少し軽くなる。縮小を検討していた診療枠は元の水準に戻し、月次の保険診療収入も回復した。
採用コストも変わった。紹介会社に頼っていた時期は、1人採用するたびに50万円前後の紹介料が出ていった。今は1人あたり20万〜30万円程度の水準に落ち着いている。紹介会社を完全にゼロにしたわけではないが、依存度が下がった分、原資を既存スタッフの処遇改善に回す余地が生まれる。
院長が振り返る時、決まってこの話になる。「求人票を直せばいいと思ってたんですよ、最初は」。でも実際に手をつけたのは、シフトの組み方であり、評価の基準であり、入職後3ヶ月の面談の仕組みだった。求人票は、その後だ。
「採用は運だと思っていたが、選ばれない理由が数字と仕組みで説明されて腑に落ちた」
これから検討する方へ
「もう少し待てば、いい人が来るかもしれない」。その院長も、最初はそう考えていた。半年が過ぎ、一年が過ぎ、気づけば既存スタッフの残業が常態化し、診療枠の縮小を検討するところまで追い詰められていた。
採用は運ではない。選ばれない理由が、数字と仕組みとして存在する。それを直さないまま求人票だけ書き直しても、応募は増えない。増えたとしても、定着しない。同じサイクルが繰り返されるだけだ。
今、欠員を抱えながら「もう少し」と待っているとしたら、問いたいことがある。その「もう少し」の間、既存スタッフは何を感じているだろうか。
私たちの視点
採用は、求人票の問題ではない。職場の構造の問題だ。
給与を上げれば解決する、と考えたくなる気持ちはわかる。でも、原資には限りがある。そして、給与だけが理由で人は来ない。
財務を見て、職場を整えて、それから言葉にする。その順序を守れば、採用は「運」ではなくなる。
同じ悩みに心当たりのある方は、採用・労務のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。
厚生労働省は、看護師・准看護師の有効求人倍率が職業計よりも高く、看護職員は不足傾向にあると公表しています。









