診療が終わり、スタッフが帰ったあとのクリニック。理事長は一人、院長室でスプレッドシートを開く。資金繰りの数字、来月の採用計画、スタッフ間でくすぶっている摩擦。どれも、今夜中に答えが出る問題ではない。
顧問税理士には数字の報告だけ。社労士には労務の手続きだけ。経営全体を、腹を割って話せる相手がいない。「弱音を吐いたら、頼りない理事長だと思われる」。その自覚が、消耗をさらに深める。
あなたの夜も、こんな感じではないか。
この記事では、医師2名・スタッフ22名の整形外科医療法人で、理事長就任7年目に直面した孤独な経営判断の実態と、並走者を得ることで何がどう変わったかを具体的に描く。「相談できる相手が、ただ欲しかった」。その一言から始まった変化の記録だ。
相談に来られた頃(Before)
午前2時を過ぎている。
画面には月次の資金繰り表。セルの数字を何度見直しても、答えは出ない。来月の設備リース料、採用が決まらないリハビリスタッフの穴、先月から続くベテランスタッフとの微妙な空気。問題は一つではなく、全部が同時に重なっている。理事長はコーヒーを一口飲む。もう冷めている。
整形外科医療法人の理事長になって7年目。医師2名、スタッフ22名。規模としては、地方都市のクリニックとしてそれなりに形になっている。売上も、壊滅的ではない。でも、なぜかいつも手元が薄い。なぜか人が落ち着かない。なぜか自分だけが、全部を知っている。
日本医療法人協会のアンケート調査によると、医療法人の理事長が医師である法人は9割以上を占めており、医師が経営判断を一手に担う構造が広く見られます。
顧問税理士には毎月数字を報告する。社労士には採用書類や就業規則の手続きを頼む。どちらも、プロだ。でも、「来月の資金繰りが怖い、どう動けばいいか」と聞ける相手ではない。税理士は数字を整理してくれるが、判断はしてくれない。社労士は手続きを進めてくれるが、スタッフ間の摩擦の根っこまでは見ない。経営全体を、横断して話せる相手が、どこにもいない。
「いや、正直、誰にも言えなかったんですよ。弱音みたいに聞こえるから」
理事長という立場がある。スタッフの前で迷いを見せるわけにはいかない。配偶者には、あまり心配させたくない。医師仲間には、経営の話を深くはしにくい。気がつけば、重い判断をいつも一人で抱えて、翌朝の診療に向かう。その繰り返しだ。
採用の失敗が、特に応える。面接で「この人なら大丈夫」と思って入ってもらったスタッフが、3か月で辞める。次の採用まで現場がまわらない。残ったスタッフへの負荷が増える。不満が空気になる。その空気の中で、また診療をする。誰が悪いわけでもない。でも、何かがずっとうまくいっていない。
休日も、頭は切れない。家族と食事をしながら、スマホの通知が気になる。「なんか、ぼーっとしてる」と配偶者に言われたことがある。そうじゃない、考えてるんだ、と思う。でも何を考えているのか、うまく言葉にできない。不安の形が、はっきりしないのだ。
弱音を吐けないという自覚が、消耗をさらに深める。誰かに話せれば、少しは整理できるかもしれない。でも、話せる相手がいない。だから夜中に一人でスプレッドシートを開く。答えは出ない。画面だけが、明るい。
なぜ、私たちを選んだのか
最初に声をかけたのは、税理士の先生だった。毎月の試算表を持ってきてくれる、付き合いの長い先生だ。数字の読み方は教えてもらえる。でも、「このスタッフをどうするか」「この設備投資を今やるべきか」という判断になると、「それは先生が決めることですから」と静かに笑う。
それが悪いわけではない。ただ、理事長が求めていたのは、答えを教えてくれる人ではなかった。判断の場に一緒にいてくれる人だ。
経営コンサルにも一度、話を聞きに行った。資料は整っていて、提案も論理的だ。ただ、初回の打ち合わせが終わった後、「次回は先生のほうで数字をまとめてきていただいて」と言われた。結局、動くのは自分だ。誰かに委ねたくて来たのに、宿題を持ち帰る形になった。
「相談できる相手が、ただ欲しかったんです」
決め手を聞かれると、理事長はそう答える。難しい言葉ではない。でも、その一言に7年分の重さがある。
月次で同じテーブルに座り、数字だけでなく人の問題も並べて考える。「今月、何を優先するか」を一緒に決め、翌月には「何が動いたか」を一緒に確認する。助言を置いて帰るのではなく、実行の進捗まで追いかける。そのスタイルが、他の選択肢とは違った。
我流でやり続けることも、頭にはあった。7年間、実際にそうしてきた。ただ、夜中に一人で資金繰りの表を眺めながら、気づいていたことがある。問題の答えがわからないのではない。その判断を一人で引き受け続けることに、もう限界が来ている。そのことだ。
私たちがやったこと(時系列)
1か月目は、診断ではなく「棚卸し」から始まった。
最初の面談で、理事長は手元のメモ帳を開いた。そこには、数字の断片、スタッフの名前、未解決の懸案事項が、時系列も優先度もなく書き連ねてある。「これ、全部頭の中にあったんです。でも、どこから手をつければいいか、ずっとわからなくて」。声に力はない。疲弊というより、消耗という言葉が近い。
財務・人材・契約・役割・リスクの5領域に沿って、理事長が「漠然と重い」と感じていた問題を一つずつ言葉にしていく。資金繰りの不安は「月末の手元資金が読めない」という財務の問題だと整理できる。古参スタッフへの対応に迷う感覚は「誰が何を決めてよいか、役割の境界が定義されていない」という組織の問題として言語化できる。問題は消えないが、名前がつく。名前がつくと、少し扱いやすくなる。
1か月目の終わりに、理事長はこう言った。「なんか、頭の中がちょっとだけ片付いた気がします」。
2か月目に入ると、可視化した課題を緊急度と影響度の2軸でマトリクスに並べる作業に移った。「全部やる」は現実的ではない。どれが今月の問題で、どれが半年後の問題か。どれが放置すると連鎖するか。この仕分けを、理事長と一緒に紙の上でやっていく。
優先課題として浮かび上がったのは2つだった。スタッフの役割定義と評価基準の再設計、そして資金繰り管理の月次フロー化。古参スタッフが強い発言力を持ちながら、その役割と責任範囲が文書化されていない。新人が定着しない背景には、この曖昧さがある。財務面では、月末に数字を見て「なんとかなった」と安堵するサイクルが続いており、翌月の着地を事前に予測する仕組みがない。
3か月目は設計と試行の月だ。スタッフ全員分の業務棚卸しを行い、「誰が、何を、どこまで決めてよいか」を一枚の役割定義書に落とした。評価基準は、行動レベルの指標を5項目に絞って設定する。「何でも評価しようとすると、何も評価できなくなる」という判断のもと、まず運用できる粒度を優先した。資金繰りは、毎月10日に翌月末の手元資金を試算するフローを組み込んだ。これだけで、月末の「なんとかなった」が「予測通りだった」に変わり始める。
3か月目の終わりに、理事長はこう言った。「いや、正直、ここまでやってもらえるとは思ってなかったです」。
4か月目からは、月次経営会議への同席が始まった。毎月第2週の火曜日、診療後の院長室。KPIの進捗確認、翌月の打ち手の合意、採用面談への同席。「今月何を追うか」を月初に決め、月末に「何が動いたか」を一緒に振り返る。理事長が一人で夜中に抱えていた判断が、毎月の会議で「二人で決める」構造に移っていく。
全部が解決したわけではない。課題は次々と出てくる。ただ、出てきた課題を一人で抱え込まなくてよくなった。それが、この4か月で変わったことだ。
「相談できる相手が、ただ欲しかったんです」
理事長がそう言ったのは、4か月目の会議が終わった後のことだ。
その後、何が変わったか(After)
月次経営会議が終わった後の院長室は、以前とは少し空気が違う。議題リストを事前に整理して臨むようになったのは、4か月目に入ったあたりからだ。「今月、何を決めるか」が会議の前にすでに絞られている。その小さな変化が、会議後の院長の顔から、あの疲れた表情を少しずつ消していく。
スタッフの役割定義書が整備されたのも、ちょうど同じ時期だ。古参スタッフが「自分しか知らない」と思っていた業務の流れが、紙の上に書き出された。本人に悪意はない。ただ、誰も聞けなかっただけだ。定義書ができてからは、新人スタッフが直接確認に来る回数が目に見えて減る。古参スタッフへの確認依頼は、整備前と比べると月に15件前後あったものが、半年後には5件程度まで落ち着いた。
資金繰りの数字も、同じように変わった。月次で見通しを共有する仕組みができてからは、夜中にスプレッドシートを一人で開く理由がなくなる。数字が「突然の不安」ではなく、「今月の確認事項」として扱えるようになる。それだけで、夜の重さはかなり違う。
院長が「変わった」と感じているのは、数字の改善だけではない。判断の前に、声に出して整理できる相手がいる。その状態そのものが、判断の速度と質を変えた。以前は結論を出すまでに数日かかっていた採用の可否が、今は会議の場でその日のうちに方向が決まることも増えている。
「相談できる相手が、ただ欲しかったんです」
院長はそう言う。大きな問題を解決してほしかったわけでも、魔法のような答えを求めていたわけでもない。ただ、隣に並んで考えてくれる人間が、7年間、いなかった。
これから検討する方へ
「もう少し早く相談していれば、と思います。1年、損しました」と、その理事長は静かに話してくれた。
先送りには、必ず理由がある。「もう少し状況が落ち着いてから」「自分でなんとかなるはず」。その判断は弱さではない。ただ、経営の孤独は待っていても解消しない。判断が一人に集中する構造が変わらない限り、夜の重さは続く。
今、同じ重さを感じているとしたら、一度だけ問い直してほしい。あなたの周りに、数字も人も含めて横断的に並走してくれる人は、いるだろうか。
私たちの視点
経営の孤独は、弱さではない。判断が一人に集中する構造が生み出す、必然の重さだ。
並走者は、自然には現れない。設計して、初めて存在できる。
「相談できる相手が、ただ欲しかったんです」。その言葉は、経営の土台が整っていれば、誰もが持てるものだと思う。
同じ悩みに心当たりのある方は、外部COOのご相談から。まず現状を整理するところから始めます。









