後継者が決まらないまま、65歳になった。
実子は医師免許を持っている。でも、継ぐ気はない。本人の口から、はっきりそう聞いた。売却という言葉は頭をよぎるが、25年間通い続けてくれた患者の顔が浮かぶと、どうしても踏み出せない。勤務医に打診することも考えたが、何から始めればいいか分からず、気づけば何もしないまま1年が過ぎていた。
顧問税理士には決算の数字を見てもらっている。でも、承継全体の設計を相談できる相手ではない。誰かに話したいが、誰に話すべきかも分からない。この孤独、心当たりはないだろうか。
この記事では、同じ状況から3年かけて勤務医への計画的承継を実現した内科クリニックの事例を紹介する。「自分の代で終わらせたくなかった」という院長の言葉が、出発点だった。
相談に来られた頃(Before)
診察室の椅子に座るたびに、ふと思う。あと何年、ここに座るのか。
院長は65歳になった。開業から25年。地方都市のこの場所で、内科と消化器内科を続けてきた。患者の顔は変わらない。変わったのは、自分の体と、カレンダーの数字だ。
引退の時期は、漠然と意識している。70歳までには、と思っている。でも、そこから先が何も決まっていない。後継者もいない。売却の話も進んでいない。ただ、毎日の診察が続いている。
実子は医師免許を持っている。ただ、継ぐ気はない。それははっきりしている。「お父さんのクリニックは、お父さんのものだから」と、何年か前に言われた。やんわりとした、しかし明確な断りだった。院長はそれ以来、この話題を家族の前で出していない。
「売却」という言葉は、頭の中で何度も浮かんでは消える。M&Aの話は耳に入ってくる。仲介業者から手紙が届いたこともある。だが、踏み切れない。長年通い続けてくれている患者のことが、頭から離れない。80代の患者が何人もいる。この地域で、ほかに消化器内科を診てくれる医師が近くにいるかどうか、院長自身がよく知っている。スタッフも同じだ。20年近く一緒にやってきた者もいる。「売ります、あとはよろしく」では終われない。そういう気持ちが、足を止める。
勤務医が1名いる。まじめで、患者からの評判も悪くない。承継の候補になりえるかもしれない。ただ、どう打診すればいいのか。財務的にどういう条件を提示すればいいのか。法人をどう移転するのか。何も分からない。何から手をつければいいかも、分からない。
顧問税理士には毎年決算を見てもらっている。信頼できる人物だ。ただ、承継の設計全体を相談できる相手ではない。「それは専門家に」と言われるのが目に見えている。
夜、診察が終わって机に向かう。電子カルテの画面を閉じて、ぼんやりと窓の外を見る。誰かに相談したい。でも、誰に相談すればいいのかが分からない。
「自分の代で終わらせたくなかったんです」
後になって、院長はそう話してくれた。売りたくないわけではない。ただ、法人と患者とスタッフを、ちゃんと次につなぎたい。その一点だけが、ずっと頭にある。それを整理してくれる相手が、どこにもいなかった。
なぜ、私たちを選んだのか
最初にM&A仲介会社の話を聞いたのは、院長が64歳になった秋のことだ。担当者の説明は丁寧だった。しかし話を聞き進めるうちに、ある違和感が積み重なっていく。
「結局、どこかの医療法人か投資家に買ってもらう、という前提で話が進むんですよ。患者さんのこととか、スタッフの雇用とか、そういう話はあとからついてくる感じで」
25年間、地域の患者を診てきた。顔も名前も、かかりつけの経緯も、一人ひとり頭に入っている。そのクリニックを「売る」という感覚が、どうしても腑に落ちない。かといって、自力で後継者を探す手立てもない。税理士に相談しても「それは専門外で」と返ってくる。顧問社労士は労務には強いが、承継の設計は範囲外だ。
行き詰まった状態で相談の場に来た院長は、最初にこう尋ねた。「売却ありきではなく、法人と患者を残す前提で考えてもらえますか」と。
返ってきたのは、即答でも営業トークでもなかった。財務の状態、雇用契約の整理、勤務医の登用可能性、段階的な権限移譲のスケジュール。それらを一体として設計できるか、まず現状を見せてほしいという話だった。
「その場で、3年かけて段階的に進めましょう、という話になって。売るんじゃなくて、育てる承継だと思えた」
決め手は、一つの専門領域だけで終わらない体制だ。財務・労務・組織設計・関係者調整を分断せず扱える。だから「税理士に聞いたら労務は別、社労士に聞いたら財務は別」という堂々巡りが起きない。院長が抱えていた問題は、そもそも一つの専門領域には収まらない性質のものだった。
私たちがやったこと(時系列)
1年目は、財務の整理から入った。
最初の経営構造診断で手をつけたのは、診療報酬の収益構成と固定費比率の確認だ。内科・消化器内科の保険診療で安定した収入はあるが、院長の個人的な判断で動いている支出が複数あり、承継後に法人が単独で成立するかどうかの確認が先決だった。内部留保の状況を整理し、院長の退職慰労金の試算と、承継後の役員報酬設計を並べて可視化する。数字を並べると、「法人は続けられる」という根拠が初めて見えた。
選択肢は3つ用意した。「売却(医療法人M&A)」「既存勤務医への承継」「第三者勤務医の招聘」。それぞれの条件・期間・リスクを一枚の比較表にまとめ、院長に渡す。院長は少し黙って、表を眺める。「売却は、考えてないです。患者さんを残したい。スタッフも」。その言葉を確認した上で、勤務医への段階的承継を正式な方針として決定した。
2年目は、人の問題に入る年だった。
既存の勤務医に対して、承継候補としての意向確認と条件交渉を実施した。理事就任のタイミング、持分の扱い、報酬水準、将来的な役割。相手も「考えてはいたが、具体的に話が来るとは思っていなかった」と正直に言った。条件交渉は数回に分けて行い、双方が納得できる設計に落とし込んでいく。
並行して、院長が担っていた診療・経営の判断を洗い出し、3つに分類する。「今すぐ移譲できるもの」「段階的に移すもの」「院長が最後まで持つもの」。スタッフのシフト調整や発注の承認は前者に入り、月次の経営判断は中間に置いた。この分類を紙に起こし、月次経営会議に勤務医(承継候補)を参加させる形で、経営情報の共有と意思決定への関与を始める。
スタッフへの情報開示は、タイミングと伝え方を事前に設計した。「早すぎると不安が広がる。遅すぎると不信感になる」。開示の順番は、古参スタッフへの個別説明を先に行い、その後に全体への説明会という流れにする。院長が自分の言葉で話せるよう、説明の骨子も一緒に準備した。
3年目は、法的な手続きと関係者調整が中心になる。
理事会構成の変更と定款変更は、連携する専門家(司法書士・税理士)と連動して進めた。患者への告知文は、院長と一緒に文面を作る。「長年お世話になった患者さんへの手紙だから、自分の言葉で書きたい」。その意向を尊重し、文章の構成だけを整理した。スタッフへの説明会は、新理事長(元勤務医)も同席する形で行い、「引き継ぐ側」の顔を見せることで不安を和らげた。
院長の関与は、外来診療のみに絞り込まれた。経営判断は新理事長が主導する体制へ、移行していく。退職慰労金の支払い計画と完全退任のスケジュールを確定させたのは、3年目の終盤だ。
「自分の代で終わらせたくなかったんです」。院長がそう話したのは、最初の面談のことだ。3年後、その言葉は現実になった。
その後、何が変わったか(After)
3年目の秋、新理事長が初めて単独で月次の収支を読み上げた。院長は隣に座り、口を挟まない。数字の確認を求める電話は、もうほとんど来ない。
承継前、院長のスマートフォンには1日に10件前後の確認連絡が届いていた。診療の合間に返し、昼休みに返し、帰宅後も返す。それが3年かけて、週に1〜2件まで減った。権限が移ったのではなく、判断の軸ごと移ったからだ。
患者への告知は、承継から3か月前に書面と院内掲示で行った。「院長が変わる」という事実を正面から伝えた結果、翌月の受診者数は一時的に数パーセント落ちたが、その後は概ね回復している。長年通っていた患者が「先生が診てくれるなら続けます」と受付に伝えに来た場面を、スタッフが院長に報告する。声に、力はない。院長はただ静かに、うなずく。
スタッフ16名は全員が雇用継続となった。退職連鎖は起きなかった。2年目に整備した役割定義書が機能した部分は大きい。「誰の指示に従えばいいか分からない」という状態が続くと、人は不安から動く。役割と権限の線引きを紙に落とした段階で、スタッフの動揺は目に見えて落ち着いている。採用は承継後の1年間でゼロ件。採用コストが発生しなかった点は、財務上も小さくない意味を持つ。
院長は現在、週3日の外来診療のみに関与する。経営判断には加わらない。それが約束だった。引き継ぎ期間の1年間、新理事長が迷うたびに隣にいた。今は、迷う前に動いている。
「自分の代で終わらせたくなかったんです」
これから検討する方へ
「まだ早い」。その一言が、どれだけ多くの選択肢を奪ってきたか。
この院長が動き出したのは65歳のとき。子どもに継ぐ意思がないと分かってから、すでに数年が過ぎている。「正直、もっと早く考えておくべきでした。気づいたら、時間がなかった」。そう話す声に、焦りと後悔が混じる。
承継は「売るか、続けるか」の二択ではない。法人を残す前提で財務・人材・法的手続き・関係者調整を一体で設計すれば、勤務医への段階的な移管という道は現実になる。ただし、そのプロセスには最低でも2〜3年かかる。60代前半のうちに一度、現状の財務と承継シナリオを整理しておくこと。それだけで、選べる出口の数は大きく変わる。
「まだ早い」と思っている今が、実はいちばん動きやすい時期ではないだろうか。
私たちの視点
承継は、売却か存続かの二択ではない。法人を残す前提で、財務・人材・法的手続き・関係者調整を一体で設計すれば、勤務医への段階的な道は現実になる。ただし、準備には時間がかかる。「まだ早い」と感じている60代前半のうちに、現状を一度整理しておくこと。それが、後悔しない出口への第一歩だ。
同じ悩みに心当たりのある方は、承継・M&Aのご相談から。まず現状を整理するところから始めます。
日本医師会は『診療所のための医業承継(第三者承継)のてびき』を発刊し、承継希望者の多くが周囲に相談できる相手がいない実態を指摘しています。









