日曜の昼、院長のスマホが鳴る。「先生、明日のシフトのことなんですが」。箸を置く。配偶者が横で黙って見ている。
開業10年目。内科クリニック、常勤医師2名、スタッフ15名。数字は悪くない。でも、何かがずっとおかしい。
夕食の話題は毎晩、スタッフのことだ。誰が何を決めるのか、現場に伝わっていない。スタッフは院長に聞き、次に配偶者に聞く。返ってくる答えが食い違う。そのたびに現場が揺れる。古参スタッフの退職届が続いた。理由の欄には「一身上の都合」。原因はわかっていた気もするし、わからない気もした。
初回面談で院長が最初に口にした言葉は、「もう、疲れました」だった。
あなたのクリニックでも、似たような場面はないだろうか。
相談に来られた頃(Before)
診察が終わった後、院長は椅子に座ったまましばらく動けない。カルテを閉じる気力もない。時刻は20時を過ぎている。
スマホが鳴る。配偶者からだ。「今日、〇〇さんがまた院長に確認してきたけど、私はこう言ったんだけど、どっちが正しいの」。返信を打ちながら、院長は思う。これは何度目の同じ会話だろう。
問題の構造は、ずっと前からわかっていた。院長と配偶者、どちらに聞けばいいのかが、スタッフに伝わっていない。採用のことは配偶者に聞けばいいのか、院長に聞けばいいのか。シフトの変更は? 備品の発注は? どこにも書いていない。誰も決めていない。
だからスタッフは両方に聞く。院長は「妻に確認して」と言い、配偶者は「先生に最終判断してもらって」と言う。指示が食い違うことも珍しくない。現場は、二人の顔色をうかがいながら動く。
夕食の席でも、話題はスタッフのことだ。「あの子、最近元気ないよね」「また遅刻があって」「次の採用、どうする」。子どもが「今日学校でさ」と話しかけても、会話はすぐに戻ってくる。クリニックの話に。
そして、また退職届が出た。
「一身上の都合」。古参スタッフが立て続けに辞めていく。理由を聞いても、表面的な言葉しか返ってこない。なぜ辞めるのか、本当のところがわからない。採用して、育てて、また辞められる。そのたびに現場が揺れ、また採用活動が始まる。
休日も、スマホは鳴り続ける。「月曜の予約が急に増えて、対応どうしますか」「〇〇さんが急に休むと言っている」。院長は画面を見て、返信して、また画面を伏せる。日曜の午後、家族がテレビを見ている横で、院長だけがスマホを握っている。
いつからこうなったのか。開業10年目。売上は悪くない。患者も来ている。それでも、何かがずっとすり減っている感覚がある。
初回の面談で、院長は開口一番こう言った。
「もう、疲れました」
声に力はない。配偶者も隣で、静かにうなずいていた。
なぜ、私たちを選んだのか
相談に行ったのは、Millenniumが初めてではなかった。
開業10年目に差し掛かったころ、院長は別の経営コンサルにも声をかけている。資料はきれいだった。課題整理も的確で、「なるほど」と思う部分もある。だが、提案書を受け取ってから3か月後も、現場は何も変わっていない。スタッフの顔色をうかがいながら判断を先送りする日々が、そのまま続いている。
「提案してもらって、それで終わりなんですよね。あとは自分でやれ、って」
院長がそう振り返るとき、声に棘はない。ただ、疲れた事実として話す。コンサルが悪かったわけではない。実行は院長の仕事、という前提が、最初から双方にあった。でも、院長にはその実行を担う余力がなかった。診療が終われば体力は尽きる。配偶者との会話は業務連絡で埋まっている。誰かと一緒に動かなければ、何も前に進まない状態だ。
決め手になったのは、「月次で伴走する」という一点だった。
初回の面談で聞いたのは、提案書を作るかどうかではなく、「翌月、何を実行するか」を一緒に決めるかどうかという話だ。会議に同席し、採用面談に立ち会い、「今月何が動いたか」を月末に確認する。そのサイクルを繰り返す。その説明を受けたとき、院長は少し黙った。
「それ、本当にやってくれるんですか」
疑いではなく、確認だった。提案だけで終わらない支援があるとは、正直、思っていなかった。
私たちがやったこと(時系列)
最初に手をつけたのは、「誰が何を決めるか」を紙に書き出す作業だった。
1か月目。院長と配偶者(事務長格)それぞれが、日常的に担っている業務を書き出すところから始める。診療のスケジュール調整、スタッフへの指示、物品の発注、クレーム対応、シフトの最終確認。ひとつひとつ並べていくと、同じ業務に二人の名前が並ぶ箇所が何度も出てくる。「これ、どちらが決めていましたか」と問うと、院長は少し間を置いて「なんとなく、その場の流れで」と答えた。配偶者も「私が決めると先生が後で変えることもあって、結局どちらでもなかった気がします」と続けた。
その「なんとなく」を、役割定義書として文書化する。A4一枚。「院長が単独で決める事項」「配偶者が単独で決める事項」「二人で協議する事項」の3列に整理し、それぞれの権限の範囲を明文化する。完成した書類をスタッフ全員に配布し、「今後はこの基準で判断してください」と院長自身の口から伝えた。スタッフが「どちらに聞けばいいか」を迷う場面が、この一枚で大幅に減る。現場が誰かの顔色をうかがう必要がなくなる、ということでもある。
「なんか、すっきりした」と院長は言った。大げさな感想ではなく、本当にそれだけの感想だ。
2か月目は、評価と給与の基準に入った。スタッフ15名の給与は、開業当初からの「なんとなく」の積み重ねで決まっている部分が多く、古参スタッフほど根拠のない上乗せが続いている。「長く働いてくれているから」という気持ちは理解できる。ただ、それが新人スタッフには見えない壁として機能し、「頑張っても評価されない」という空気を生んでいた。
作業は、各スタッフの役割と業務範囲を洗い出し、それに対応する給与水準の根拠を言語化することから始める。「この役割を担っている人には、この水準を支払う理由がある」という論拠を、院長と配偶者が一緒に確認していく。全員の給与を即座に変えるわけではない。ただ、今後の採用や昇給の判断が「感情」ではなく「基準」に基づくようになる。配偶者は「これ、ずっとやりたかったんです。でも、どこから手をつけていいか分からなくて」と話した。
3か月目から、月次経営会議を始めた。毎月第2木曜日の診療終了後、院長・配偶者・幹部スタッフの3名が同じ場に集まる。議題は事前に決める。当月の売上と人件費率、スタッフの動向、翌月に優先する課題の3点。会議の冒頭に「今月追うこと」を一つ確認し、月末に「動いたか、動かなかったか」を振り返る。
最初の会議で、院長は「こういう場を作ろうとしたことは何度かあったんですが、結局うやむやになって」と話した。今回は議事録を毎回残し、決定事項と担当者名を明記する運用にする。「誰かが覚えているだろう」では流れない仕組みにする、ということだ。
3回目の会議が終わった後、配偶者が「最近、夕食でクリニックの話をしなくなりました」と言った。悪い意味ではない。会議で話すことが決まったから、それ以外の時間に持ち込む必要がなくなった。そういうことだ。
その後、何が変わったか(After)
6か月後、クリニックの朝の動きが変わっている。
以前なら、受付スタッフが「これ、どうすればいいですか」と院長に声をかけ、同じ内容を配偶者(事務長格)にも確認しに行く場面が毎日のように起きていた。誰が決めるのか、どこにも書いていなかったから。今は、診療補助は院長、シフトと備品発注は配偶者、という線引きが一枚の文書に残っている。スタッフは迷ったとき、その紙を見ればいい。院長への確認依頼は、介入前と比べておよそ半分以下に減った。
離職の連鎖も止まっている。支援開始から6か月間、新規の退職者はゼロ。それまでの1年間で3名が辞めており、採用と教育にかかったコストは1名あたり30万円前後と見積もっていた。その出費が、この半年は発生していない。古参スタッフも残っている。役割と評価の基準が言語化されたことで、「なんとなく長くいる人が強い」という空気が薄れ、新人が委縮しにくくなった。
月次の経営会議も変化の一つだ。以前の院長は、気づいたら月末で、気づいたら問題が大きくなっていた。今は月の前半に数字と課題を並べるサイクルがある。「今月、何を追うか」を先に決め、月末に「何が動いたか」を確認する。後手に回る感覚が、少しずつ薄れている。
そして日曜の午前中。院長は今、その時間を診療以外に使えている。スマホは鳴らない。夕食の話題がスタッフのことになる夜も、以前より明らかに少ない。
初回面談から半年が経ったとき、配偶者がこう話してくれた。
「日曜が、本当の日曜になりました」
これから検討する方へ
「先生のところは、まだ大丈夫ですよ」。そう言われているうちに、気づけば10年が経っていた。院長はそう振り返る。
役割の曖昧さは、ある日突然に爆発するわけではない。少しずつ、現場の判断が止まり、スタッフが顔色をうかがい、夫婦の会話が業務連絡に置き換わっていく。その変化はゆっくりで、だからこそ見過ごしやすい。
今、同じ状況にある院長に問いたいのは、「来年も同じ状態でいいか」ということではないだろうか。構造は放置するほど固まる。動かすなら、疲弊が深まる前のほうが、ずっと早い。
私たちの視点
経営の問題は、人間関係の問題に見える。夫婦の摩擦も、スタッフの離職も、表面だけ見ればそう映る。でも、その下にあるのは「誰が何を決めるか」が書かれていない構造だ。症状に手を入れる前に、土台を整える。それだけで、院長の日曜は戻ってくる。
同じ悩みに心当たりのある方は、夫婦経営のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。









