税理士から届く月次レポート。数字は並んでいる。でも、この数字をどう使えばいいのか、誰も教えてくれない。
開業6年目の小児科院長は、毎月そのレポートを机の引き出しに入れたまま、翌月の診療に戻る。スタッフを1人増やすべきか。診療時間を変えるべきか。設備投資のタイミングはいつか。判断が必要なたびに、根拠のないまま一人で決める。「なんというか、毎日が綱渡りで」という感覚が、6年間ずっと続いている。
医師仲間に相談するには、話が具体的すぎる。顧問税理士に聞くには、経営戦略の話すぎる。その「相談の空白地帯」に、院長は一人で立っている。
あなたにも、似たような感覚はないだろうか。
この記事では、同じ状況にあった小児科クリニックの院長が、どのように「数字で意思決定できる状態」へ移行したかを、具体的な経緯とともに記録する。
相談に来られた頃(Before)
診療が終わったのは、午後7時を少し回った頃だ。受付スタッフが帰り、待合室の椅子を片付ける音が廊下の奥から聞こえてくる。院長は院内の電気を一つずつ消しながら、院長室に戻る。机の上には今月の試算表が置いてある。税理士事務所の担当者が先週届けていったものだ。
数字は並んでいる。売上、経費、利益。ページをめくれば科目ごとの内訳もある。でも、何を見ればいいのか、正直よく分からない。「売上は悪くない」と税理士には言われた。それは自分でも感じている。患者数は開業当初より増えた。スタッフも増やした。なのに、手元に残る感覚が薄い。なぜそうなのか、誰も教えてくれない。
試算表を閉じる。答えは出ない。
その頃、スタッフの一人が産休に入る話が出ていた。補充採用をするか、既存のシフトで回すか、判断を迫られていた。採用すれば人件費が上がる。でも、どれくらい上がって、それが収益にどう影響するのか、計算の仕方が分からない。税理士に聞いてみたこともある。「採用するかどうかは先生が決めることで、私どもは数字を整理するだけで」と、穏やかに、しかしはっきりと言われた。そうですよね、と答えながら、院長は受話器を置いた。
医師仲間に相談するには、話が具体的すぎる。「うちの人件費率って適正なのかな」などと飲みの席で切り出せるような話ではない。かといって税理士に聞けば、経営判断は自分でどうぞ、と返ってくる。相談の宛先が、どこにもない。
「誰に相談していいのか、ずっと分かりませんでした」
後にそう話してくれた言葉は、その頃の日常をそのまま表している。朝、出勤前に試算表を開いて、何かヒントがないかと眺める。昼休みに来月の診療時間の変更について頭を巡らせる。夜、閉院後に一人で机に向かい、結局何も決めずに帰宅する。休日も、スマホのメモに「設備投資、今期か来期か」と書いては消す。判断が必要なたびに、根拠のないまま自分で決めてきた。6年間、ずっとそうしてきた。
孤独、という言葉は大げさかもしれない。患者は来る。スタッフは動いている。クリニックは回っている。でも、経営の判断だけは、いつも自分一人の部屋の中にある。誰とも共有できない重さ。それが開業6年目の実態だ。
なぜ、私たちを選んだのか
相談相手を探していたわけではない、と院長は言う。「ただ、数字を見ても、次に何をすればいいのか、誰も教えてくれなかった」。
顧問税理士はいた。記帳も申告も、きちんとやってもらっていた。毎月の試算表も届く。ただ、その数字をどう読んで、どう動くか。そこから先は、いつも院長一人の問題だ。「先生、今月は利益が出ていますよ」と言われても、では何をすべきか。答えは、どこにもない。
他の選択肢も頭をよぎった。経営セミナーに顔を出したこともある。医師仲間の勉強会にも参加する。情報は入ってくる。でも、自分のクリニックの数字と照らし合わせて「だから今月これをやる」と決める場面が、ない。助言はもらえても、実行は自分でやるしかない。それが毎回続く。
決め手になったのは、月次で伴走するという関与の形だ。スポットで相談に乗るのではなく、毎月同じテーブルで数字を並べ、「今月何を追うか」を一緒に決める。その繰り返しが続く。
「記帳の先を一緒に考えてくれる、というのが正直、初めてでした」と院長は振り返る。「誰に相談していいのか、ずっと分かりませんでした」という言葉が、選んだ理由をそのまま表している。
問題は情報の量ではなかった。判断を一緒に持てる相手が、いなかった。それだけのことだ。
私たちがやったこと(時系列)
1か月目。最初にやったことは、シンプルだ。
月次の収支、人件費、診療単価、患者数の推移。それらをバラバラに管理していた数字を、一枚のシートに並べ直した。院長が普段目にしていたのは、税理士が月末に送ってくる試算表だけ。「数字は見ていました。でも、何を意味しているのか、正直よく分からなくて」。その言葉が、作業の出発点になる。
シートを広げて最初に確認したのは、収益の構造だ。どの診療区分で売上が立っていて、どこにコストが集中しているか。院長と一緒に数字を追っていくと、一つの事実が浮かんだ。スタッフ8名体制での人件費率が、売上比で約52%に達している。「えっ、そんなに高いんですか」と院長は少し間を置く。感覚として「多い気はしていた」が、数字として見るのは初めてだった。
1か月目の終わりに院長が言ったのは、「何が問題かが、やっと見えた気がします」という言葉だ。解決策ではなく、構造が見えた。それだけで、院長の表情は少し変わっている。
2か月目は、指標を絞る作業に入った。
経営の数字は多い。見ようと思えば、いくらでも見られる。だが「全部見ようとすると、何も見えなくなる」というのが、この段階で院長と共有した認識だ。協議を重ねて、毎月追うKPIを3つに絞り込んだ。①患者一人あたりの診療単価、②スタッフ一人あたりの売上貢献額、③月次キャッシュフロー残高。この3つだけを、毎月同じ形式で確認する。
なぜこの3つか。院長と一つひとつ理由を確認しながら決めた。単価は収益効率の鍵で、スタッフ貢献額は人件費率の問題と直結する。キャッシュフローは、帳簿上の利益と手元資金のズレを捉えるために外せない。「何を見れば経営が分かるか」の地図を作る、と表現したのは院長自身だった。
指標が決まると、院長の見方が変わる。試算表を開く時に、最初に確認する場所ができた。
3か月目から、月次経営会議を定例化した。
毎月一回、前月の3つの指標を振り返り、翌月の判断事項を一つひとつ議題に乗せる。会議の形式は決まっている。前月の数字の確認、数字が示す変化の解釈、そして翌月に決断すべき事項の整理。この順番を崩さない。
4か月目の会議では、診療補助スタッフの増員可否が議題になった。患者数は増加傾向にあるが、スタッフ一人あたりの貢献額はまだ改善途中。人件費率をこれ以上上げずに増員するには、どの診療時間帯で何時間のパートが現実的か。感覚ではなく、数字を根拠に議論が進む。「以前だったら、なんとなく決めてたと思います。でも今は、なぜそうするかを説明できる」。院長の言葉に、少し自信が戻っている。
ワクチン在庫の発注量調整も、同じ会議の中で扱った。月次のキャッシュフロー残高と照らし合わせながら、在庫を積みすぎない発注ラインを数字で確認する。小さな判断に見えるが、こうした積み重ねが「感覚で決める」から「根拠で決める」への移行を支えていく。
「誰に相談していいのか、ずっと分かりませんでした」という最初の言葉は、今も記憶に残っている。税理士がいないわけではない。数字がないわけでもない。ただ、その数字を経営の判断につなげる場が、なかった。それだけのことが、6年間ずっと院長一人の肩にかかっていた。
その後、何が変わったか(After)
月次経営会議が定例化して3か月が経つ。院長は毎月第3木曜の夜、試算表を自分で開いてから会議に臨む。以前は税理士事務所から届いた数字を、そのままファイルに綴じていた。今は違う。
1か月目の経営構造診断で、収益の流れを図に落とした。「先生、人件費率が52%を超えています。この規模の小児科としては、少し重い」。その一言が、初めて数字を”自分ごと”にした瞬間だ。
2か月目、重要指標を3つに絞った。人件費率、患者単価、月間延べ患者数。この3つだけを毎月確認する、という約束。難しい話ではない。でも、誰も今まで「これだけ見ればいい」と教えてくれなかった。
3か月目に入ると、人件費率の調整に着手した。スタッフを減らすのではなく、シフト設計と業務分担を見直す方向で進める。午前の混雑ピークに人を集め、閑散時間帯を整理する。それだけで、3か月後には人件費率が48%台に収まった。採用も解雇もゼロ。数字は動いた。
変化は数字だけではない。院長が「どうしようか」と一人で夜を過ごす回数が、明らかに減っている。以前は重要な判断が出るたびに先送りした。設備投資の是非、スタッフへの賞与水準、来年の診療体制。どれも「もう少し考えてから」と棚に上がったまま、気づけば半年が経つ。
今は違う。月次会議の場で数字を並べ、「この数字で見ると、どう判断しますか」と問いを立てる。答えが出なくても、判断の根拠が言語化される。それだけで、翌朝の診療への気持ちが少し軽い。
「誰に相談していいのか、ずっと分かりませんでした」
院長はそう話す。税理士はいる。でも、記帳と申告の先は空白だった。その空白に、月に一度、数字を介した対話が入る。それが、今の院長の経営の土台になっている。
これから検討する方へ
「もっと早く相談していれば、と思います。正直」と、その院長は振り返った。
先送りしているあいだも、経営は動いている。スタッフの人件費は毎月積み上がり、患者単価の変化には気づかないまま過ぎていく。判断しなかったことが、じわじわと経営の選択肢を狭めていく。
あなたのクリニックにも、「なんとなく気になっているが、誰に相談すればいいか分からない数字」が一つや二つ、あるのではないだろうか。その問いを持ち越すたびに、判断の質は少しずつ落ちていく。
相談相手を持つことは、答えを委ねることではない。「自分が何を判断しているか」を言語化できる場を持つことだ。それだけで、院長の頭の中は変わる。
私たちの視点
経営の判断は、院長一人で抱えるものではない。
数字を読む専門家は、すでにそばにいる。必要なのは、その数字を使って「次をどう動くか」を一緒に考える相手だ。
相談の空白地帯は、珍しくない。構造として、そこに穴が開いている。
同じ悩みに心当たりのある方は、経営構造診断のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。









