問題職員の言動で職場が疲弊した皮膚科クリニックが就業規則と評価基準で収束させるまで

クリニックの採用・労務事例イメージ|問題職員の言動で職場が疲弊した皮膚科クリニックが就業規則と評価基準で収束させるまで

「私が我慢すればいい」と、院長は自分に言い聞かせてきた。

開業8年目、医師1名・スタッフ12名の皮膚科クリニック。地方都市で地道に積み上げてきた診療の場で、一部スタッフの言動が職場の空気を変えていく。後輩への高圧的な態度、院長への不満の横流し。直近半年で2名が退職し、残ったスタッフからも「もう限界かもしれません」という声が漏れ始める。

強く注意すれば辞めると恐れる。放置すれば周囲が壊れていく。感情的に動いて逆効果になった経験が頭をよぎり、次の一手が出せない。そうして院長は板挟みのまま、毎日の診療をこなし続ける。

あなたのクリニックにも、似た空気はないだろうか。

この記事では、就業規則と評価基準という「感情に頼らない線引き」によって問題行動を収束させ、職場の消耗を解消するまでの経緯を具体的に描く。

相談に来られた頃(Before)

診療が終わった後、院長は処置室の椅子に座ったまましばらく動けない。スタッフが帰り、受付の電気が落ちて、廊下だけが薄暗く残る。その静けさが、唯一ほっとできる時間だ。

開業8年目。地方都市の住宅街に根づいた皮膚科クリニック。常勤医師は自分ひとり、スタッフは12名。患者との関係は悪くない。地域の評判も、数字も、それなりに保ってきた。

問題は、中にある。

ひとりのスタッフの言動が、じわじわと職場を変えていく。後輩への物言いは高圧的で、気に入らない指示は「でも院長って、前にこう言ってましたよね」と院長の言葉を引っ張り出して返してくる。直接的な暴言ではない。ただ、その場の空気が変わる。誰もが少しずつ、口を閉じるようになっていた。

直近の半年で、スタッフが2名辞めた。退職理由の欄には「一身上の都合」とある。でも院長には分かる。面談でぽつりと漏れた言葉、「なんというか、毎日が息苦しくて」という声が、今も耳に残っている。

厚生労働省は、就業規則にハラスメント禁止規定と懲戒規定を明文化し、詳細を別規定で定める例を示しています。

出典: 厚生労働省|詳細を別規定に定めた例 第□条 職場におけるハラスメントの禁

残ったスタッフからも、「もう限界です」という言葉が出始めた。誰かに言われたわけではない。休憩室でのやり取りがふと止まる瞬間、院長に向けられる疲れた目。言葉にならない限界が、そこにある。

強く注意すれば辞めると思う。実際、以前一度だけ正面から話したとき、「そういうことなら、私がいない方がいいですよね」と返ってきた。その一言で、院長は引く。辞められたら困る、という計算もあった。でも正直に言えば、それ以上に怖かった。何が怖いのか、自分でもうまく説明できない。

放置すれば周囲が壊れる。動けば火がつく。どちらに動いても傷が出る。その感覚が、ずっと続いている。

「私が我慢すればいい、とずっと思っていました」

後になってそう話してくれた言葉が、当時の院長の毎日をそのまま表している。夜、自宅に帰っても頭が切り替わらない。食卓で配偶者に「最近どう?」と聞かれても、「まあ、いつも通り」と返すだけ。スタッフのことを話す気力もなければ、話したところで答えが出るとも思えない。週末の朝、少し遅く起きてコーヒーを飲みながらスマホを開くと、スタッフからのメッセージが入っている。読む前から、胃が重くなる。

感情的に注意して逆効果になった経験が、判断を鈍らせていた。「どう動けばいいか」ではなく、「動いた後に何が起きるか」を先に考えてしまう。そのループが、院長を消耗させ続けていた。

なぜ、私たちを選んだのか

相談の前に、院長はいくつかの選択肢を検討していた。

まず、顧問社労士への相談。ただ、これまでも折に触れて話は聞いてもらっていた。「記録を残してください」「注意指導の経緯を書面にしてください」。アドバイスはもらえる。でも、実際に誰が動くのか。それは結局、院長自身だった。

次に、院長自ら就業規則を整備する案。調べれば情報はある。ひな形も手に入る。ただ、それを職場に落とし込んで、面談を設計して、記録を取り続ける。診療の合間にそこまでできるか。その問いに、答えは出ない。

一般的な経営コンサルも頭をよぎった。ただ、「組織活性化」「チームビルディング」という言葉が並ぶ資料を見て、気持ちが引いた。今必要なのは、雰囲気を改善することではない。特定の行動に、どう線引きをするか。それだけだった。

決め手になったのは、初回の打ち合わせで出てきた一言だ。「院長が悪者にならなくていい仕組みを作ります」。感情や人間関係の話ではなく、就業規則と評価基準という客観的な根拠を軸に動く、という説明だった。

院長はそこで初めて、自分が何に消耗していたかに気づく。問題職員に対して何かを言うたびに、それが「院長の個人的な感情」に見えてしまう構造。基準がないから、どんな対応も属人的になる。だから院長一人が抱え込むしかなかった。

「私が我慢すればいい、とずっと思っていました」

それは諦めではなく、基準がないことへの本能的な回避だ。基準があれば、院長は「基準に従って動いている」だけになる。万が一、労務トラブルに発展しても、書面と記録が残っていれば対応できる。その体制が整うと判断したとき、院長は動くことを決めた。

私たちがやったこと(時系列)

1か月目に着手したのは、現行の就業規則と雇用契約書の精査だ。

院長が持参した書類を開くと、就業規則は開業当初に社労士に作ってもらったままで、8年間ほぼ手が入っていない。「問題行動」を禁じる条文はあるが、何が問題行動にあたるかは書かれていない。挨拶の有無、報告の遅れ、他スタッフへの言い方、こうした日常の行動は、全員が「なんとなく」の感覚で判断していた。

そこで行動基準を一から言語化した。「挨拶は患者・スタッフを問わず行う」「業務上の報告は当日中に院長または担当リーダーに行う」「他スタッフへの指摘は事実を根拠とし、人格を傷つける表現を用いない」、こうした具体的な記述を、既存の就業規則の付属文書として整備する形をとった。評価基準も同様に、行動レベルで記述する。「できている/できていない」が第三者に見てわかる粒度だ。これをスタッフ全員に同一基準として周知するための書面と、説明会の段取りも設計した。

院長の反応は、複雑なものだった。「これ、全員に配るんですか。名指しみたいに見えませんか」。そう聞いてきた。特定の一人を狙い撃ちにしているように受け取られないか、という懸念だ。だからこそ、全員に同じ基準を示すことに意味がある。個人への制裁ではなく、組織の共通ルールとして提示することで、院長自身も「感情で動いた」と見られなくなる。その説明に、院長は少し間を置いてから、「なるほど」と言った。

2か月目は、個別面談の設計に入った。

問題行動の多くは「見た人は知っているが記録がない」状態にある。院長が注意しようとしても、「そんなことはしていません」と返されたとき、反論できる根拠がない。だから面談の前に、記録の仕組みを作る必要があった。

構造化シートを作成した。面談の目的、確認する事実(いつ・どこで・誰が・何をしたか)、院長が伝える内容、相手の反応、次回確認事項、この5項目を埋める様式だ。感情の記述は入れない。「態度が悪い」ではなく「○月○日、申し送り時に担当スタッフへの返答がなかった」と書く。院長とロールプレイを繰り返し、記録の書き方と面談の進め方を練習した。

最初の練習で、院長は何度も「でも、こっちが傷つけたくないんですよ」と口にした。その気持ちは正しい。ただ、傷つけないことと、記録しないことは別の話だ。事実を残すのは、相手を追い詰めるためではなく、院長自身と組織を守るためでもある。

2か月目の終わり、院長は初めての面談を終えてこう言った。「なんか、ちゃんと話せた気がします。今まで怒鳴るか、見て見ぬふりかしかなかった」。小さな手応え。それで十分だ。

3か月目以降は、明文化した基準に沿った日常運用に移行する。問題行動が発生した際の対応フローを院長が自分で判断・実行できる体制にする。口頭注意、書面注意、就業規則に基づく対処、この3段階を順序どおりに踏むことを徹底した。「1回で解決しなくていい。手順を飛ばさないことが大事です」と繰り返し確認した。

再発防止として、新規採用時のオリエンテーション内容も整備した。入職初日に行動基準と評価基準を説明し、本人のサインをもらう手順を組み込む。「最初から伝えておけば、あとで揉めにくい」という院長の言葉が、そのまま設計の根拠になった。

「私が我慢すればいい、とずっと思っていました」

院長がそう話してくれたのは、3か月目の終わりに近いころだ。我慢が美徳ではないと気づいたのではなく、我慢しなくていい仕組みが初めてできたことへの、静かな実感だと思う。

その後、何が変わったか(After)

3か月目の終わり、院長は診察室で一枚のシフト表を眺めていた。先月まで「誰かが休むたびに穴が開く」状態だったのに、今月は調整なく埋まっている。小さな変化だが、体で感じる重さが違う。

問題行動の頻度は、行動基準の運用を始めてから明らかに減っていく。「基準がある」という事実が、言動を変える。理屈では知っていても、院長自身がそれを目の当たりにするのは初めてだ。注意するたびに「辞めるかもしれない」と身構えていた緊張が、少しずつほどけていく。

周囲のスタッフにも変化が出る。ある受付スタッフが、ふとした雑談の中でこう言う。「最近、なんか来やすくなりました」。それだけの一言だが、院長には十分だ。

数字にも表れた。前年は3か月で2名が離職し、採用と研修に合わせて40万円前後のコストが出ていた。この3か月、離職はゼロ。スタッフ数12名を維持したまま、採用費の追加支出はない。院長が感情的な判断を迫られる場面も減り、診療中に「さっきのあの件はどうすれば」と頭が割れることもなくなる。

顧問社労士との関係も変わった。以前は「何かあってから相談する」だったのが、今は記録が整っているので「この状況はどう判断しますか」と事前に動ける。万が一のトラブルに備えた体制が、日常の安心感にもなっている。

初回面談で院長が言った言葉が、今も残っている。

「私が我慢すればいい、とずっと思っていました」

あの言葉は、問題職員への話ではなかった。組織の構造を放置することへの、院長自身の諦め。基準を作り、記録し、運用する。それだけのことが、院長を「我慢する人」から「判断する人」に戻した。

これから検討する方へ

「私が我慢すればいい、とずっと思っていました」と院長は振り返る。でも、我慢した8年間、問題は消えなかった。むしろ、周囲のスタッフが先に限界を迎えた。

同じ状況にある院長に、一つだけ問いたい。「強く言えば辞める」という恐れは、本当にそのスタッフの問題だろうか。行動の基準が組織に存在しないまま、院長が個人の判断で抑え込もうとしているだけではないか。

先送りするほど、周囲の疲弊は積み重なる。動くなら、感情が爆発する前がいい。

私たちの視点

問題スタッフへの対応に消耗していた院長が、最終的に手にしたのは「基準」だった。感情でも、関係性でも、運でもなく。行動の基準が組織に存在すれば、院長は悪者にならずに動ける。記録があれば、判断に根拠が生まれる。それだけで、院長の立ち位置は変わる。

症状は人の問題に見える。でも根は、構造にある。

同じ悩みに心当たりのある方は、採用・労務のご相談から。まず現状を整理するところから始めます。

この記事を書いた人

ミレニアム株式会社 経営支援チーム

医療法人・クリニックを中心に、経営改善、組織設計、人材定着、財務改善、マーケティング支援を行う専門チームです。

院長・理事長への業務集中、スタッフ退職、採用難、評価制度の未整備、事業承継、集患・広報など、医療機関に特有の経営課題に対し、現場の実態と経営構造の両面から課題を整理し、改善策を提案しています。

本メディアの記事は、医療法人経営やクリニック運営に関する実務知見をもとに、経営者が意思決定しやすい情報提供を目的として監修しています。